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“アフロ記者”稲垣えみ子さん、53歳で始めたピアノが「効率主義とは関係のない世界に豊かなものがあると気づかせてくれた」

稲垣えみ子さん
53歳から約40年ぶりにピアノを始めたという稲垣えみ子さん
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元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さん(57歳)。2016年に50歳で朝日新聞社を早期退職し、その3年後に始めたのは、約40年ぶりというピアノでした。今年1月、エッセイ集『老後とピアノ』(ポプラ社)を上梓した稲垣さんに、50代にしてピアノを始めた理由やピアノの魅力などについて聞きました。

「大人のピアノ」という山は高かった

在職中は仕事以外のことをほぼセーブして生きてきた稲垣さんが、時間ができたら挑戦したかったことの1つが、中学入学と同時にやめてしまったピアノをもう一度習うことだった。53歳で40年ぶりにピアノを始める。

「会社を辞めた理由の1つが、“死ぬまでにやりたいことをちゃんとやる”でした。人生は長くありませんからね。でもピアノも持っていないし、なにから始めていいのかわかりませんでした。

そんなとき、たまたま近所の行きつけのブックカフェで知り合った、ピアノ音楽誌『ショパン』を発行する出版社の会長さんに『うちの雑誌で何か連載しませんか』と声をかけていただいたご縁がコロコロと転がって、そのブックカフェに置いてあったピアノを借りてレッスンを受け、その模様を私が雑誌で連載するということで話がまとまりまして、何とか念願のピアノ再開にこぎつけたんです」(稲垣さん・以下同)

稲垣えみ子さん
時間が出来たらと考えていたピアノの再開。ひょんな事から仕事を通してレッスンが出来ることに
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当初はコツコツ練習すれば何某かのものになるはずと考えていたが、「大人のピアノ」という山はとてつもなく高かった。

「指は岩のように動かない、頭は働かない、老眼で楽譜が見えない。毎日2、3時間もピアノを練習するようになり、酷使しすぎて手を痛めてしまいました。努力すれば何とかなるなんていう甘いもんじゃなかったんです。それはかなりショックでしたね」

稲垣えみ子さん
大人になって再び始めたピアノは頭で考えるほど甘いものじゃなくショックをうけた…
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「思い通りに動かす」ことが死ぬほど難しい

少しでも何かを掴みたくて、聴く音楽もクラシックピアノ一色に。それだけではない。なにげない歩き方、座り方までピアノのために改善することになったという。

「実際に再開して気づいたんですが、ピアノを弾くというのはとても複雑な行為なんです。自分の中で“こう弾きたい”という気持ちがあっても、それを音にするには、そのように体を動かしてピアノに伝えなくてはならない。

だから体を思い通りにコントロールすることができなければ始まらないんですが、この『思い通りに動かす』ってことが、もう本当に死ぬほど難しいんですよ。スポーツでもなんでも同じだと思うんですが、いい動きをするためには余分な力を完全に抜いて、自然な動きをしなきゃいけない。で、ピアノの場合は、10本の指をめちゃくちゃ複雑に一時も休む暇なく正確に繰り出し続けなきゃならないわけです。

稲垣えみ子さん
指を「思い通りに動かす」ということが死ぬほど大変!
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私にとってはすべてが超神業! で、当然ながら頑張るわけですが、頑張るとどうしたって力が入る。でも力を入れたらすべてが崩壊すると…で、もういや何をどうしたらいいんだーと。で、追い詰められた挙句、これはまずは立ったり座ったりといった普段の単純な動きからコントロールできるようにならないとどうにもならないという結論に陥ったわけです。

普段から癖になるよう、なにをするときもとことん力を抜くよう意識して生きています。歩いている時もご飯を食べている時も。まるで剣豪みたいですよね(笑い)」

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