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斉藤由貴『卒業』、柏原芳恵『春なのに』ほか…懐かし卒業ソングで歌われた「第2ボタン文化」を考える

斉藤由貴『卒業』(1985年)
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春の訪れとともに、まもなく卒業式の季節を迎えます。1980年代〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライターの田中稲さんが春風に吹かれて考えたのは、初々しい制服姿の男女の間で展開されてきた“恋のイベント”について。古き良き「第2ボタン文化」について考察します。

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制服のボタンはあくまでも「記念」問題

卒業シーズン突入である。春の風も察しているようで、3月に入ってから急に、暖かくやさしく吹いている。「おめでとう、旅立ちのときだね!」と言ってるようだ。

さて、この時期になると思い出すのが「卒業式で好きな人から第2ボタンをもらう」という文化についてである。懐かしい……。今では第2ボタン文化はどういう位置づけなのだろうか。昔の古き風習? それともSNSで再ブームが来てる? 来ていたら甘酸っぱいなあ。

80年代の卒業ソングでは、ボタンは素晴らしい小道具として活用されている。斉藤由貴さんの『卒業』、柏原芳恵さんの『春なのに』は有名だろう。

柏原芳恵『春なのに』(シングル版、1983年)
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これらを聴いて痛感するのが、ボタンが手に入ったとて、イコール両想いとは限らないのだなあということだ。それどころか逆に、ボタンが手に入った瞬間、気持ちにケリがつくみたいなイメージもある。

『春なのに』のヒロインが顕著な例だ。「ボタンを下さい」と言ってはいるが、もらったのち、彼女は空に投げ捨てる覚悟のようだ。そのヤケッパチの心境。この歌のボタンは「お別れはいやだけど、ここでもうさよなら! いやだけど!」という旅立ちのスイッチなのである。

中島みゆき作詞・作曲の『春なのに』は、柏原芳恵12枚目のシングル(Ph/SHOGAKUKAN)
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斉藤由貴さんの『卒業』に登場するヒロインは、そもそもボタンの風習に否定的だ。後輩から「せんぱーい、ボタン下さい」と言われ鼻の下を伸ばしている同級生の男の子を横目で見て、きっとため息なんてついている。

私はなぜかこの歌から、すさまじいモテ女子臭を感じる。学年でもトップ人気の男子に「さすがに僕の第2ボタンはもらってくれるよね?」などと差し出され、大勢が見守る前で「やめて。思い出を残すのは心だけでじゅうぶん」と静かに言い放ち、桜の花びらが降るなか去っていく——。慌てて追いかける男の子。卒業後もアプローチしまくり、結局カップルになるところまで想像できる(個人の妄想です)。

斉藤由貴が歌う『卒業』の主人公は“モテ女子”?(写真は1987年、Ph/SHOGAKUKAN)
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私が感情移入できるのは、断然「春なのに」系女子なのだが。平松愛理さんの『素敵なルネッサンス』にもボタンだけじゃ恋と呼べない、というくだりもある。

ボタンの立ち位置、なかなか複雑である。

紅白歌合戦では紅組キャプテンを務めたこともある斉藤由貴(写真は1986年、Ph/SHOGAKUKAN)
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第2ボタンの風習の起源は映画から?

そもそもこの第2ボタンの習慣のきっかけはなんだったのか。私はてっきりボタン業界、もしくは制服業界が広めたと思いこんでいた。

ところが調べてみると、その起源とされるものに商売的な要素は全くなかった。1960年公開の映画『予科練物語 紺碧の空遠く』に描かれたことがきっかけとの説が多く語られている。主人公の予科練生・山川は特攻隊を志願。8月15日朝に出撃命令が出て、その直前、想いを寄せる女性・雛に第2ボタンを渡す——。そんなワンシーンから広まったのだという。

第2ボタンは、愛と命の象徴だったのか……。想像以上に深く切ないきっかけだった。

「胸のボタン」は卒業ソング以外でも

卒業ソング以外の歌謡曲でも、胸の近くにあるボタンは、心の開閉ボタンのようなイメージで、とても意味深に使われている。

まずはキャンディーズの『年下の男の子』。登場する年下の男の子がとにかく無邪気で隙だらけである。リンゴを口の中いっぱいに頬張って食べる。ハンカチは汚れたまま丸めている。靴ひもはいっつもほどけている。手袋は片方失くす、そしてポケットのボタンは取れている……。歌を聴いているだけで「しっかりしなさいよ!」と言いたくなる。

しかも、どうやら歌のヒロインはこの年下の男の子に、まだ「好き」と言われていない。ポケットのボタンが取れているのは、開けっ放しの心。なんでも入るし、なんでもボロボロ落ちそうだ。優柔不断さがガンガンに出ているではないか。

逆のパターンが西城秀樹さんの『ボタンを外せ』。とても情熱的な恋の駆け引きが描かれた名曲だ。ドアの付近で愛を叫び男女がてんやわんやしている状況がリアルに伝わってくる。女性の頑なな態度に男性が叫ぶのが「ボタンを外せ」。その意味はズバリ、「心をさらけだせ! すべて見せてくれ!」ということなのである。

たかがボタン、されどボタン。今回、卒業式の第2ボタン文化を懐かしむだけのはずが、思わずヒートアップしてしまった。ボタンは本当にロマンチックなアイテムである。

さて、最後に余談だが、実は私も卒業式で、好きな人のボタンをどさくさに紛れてゲットした。そしてボタンがギリギリ入るくらいの、丸く小さなプラケースを購入。そこに綿を敷いてボタンを入れ、大切に保管していたのだ。

ところが後年、友人に「想い出のボタンなんだ」とケース込みで披露したところ「検便みたい」と言われてしまった。ものすごくショックで、ケースからすぐ出した。そこまでしか記憶にない。あのあと、ボタンはどうしたっけか……。

いやいや思い出すまい。ほろ苦い出来事は、忘れるくらいがちょうどいい。

◆ライター・田中稲さん

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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