
年々、頑固になって怒りっぽくなった夫…。そんな悩みを聞いた、ベストセラー『夫のトリセツ』(講談社)の著者で脳科学・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんは、56歳を過ぎると、人は聞き耳を持たなくなるといいます。いったいなぜでしょう? 怒りっぽくなった夫への対処法、円満な夫婦関係の秘訣を黒川さんに教えていただきました。
【相談】
結婚して35年、子供も巣立ち、夫とふたり暮らしをしています。昔はやさしい夫でしたが、年々、頑固になって怒りっぽくなりました。年齢のせいだとあきらめていますが、ちょっとしたことで文句を言われると腹が立ちます。人間は年をとると怒りっぽくなるものでしょうか。対処法があれば教えてください。(57才・専業主婦)
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男性は50代半ばあたりから頑固で怒りっぽくなる
男性は、50代半ばあたりから「頑固で怒りっぽく」なります。脳の成熟に伴う変化で、よほど理性でコントロールできるかたでないと、周囲に気付かれます。
実は女性にもその傾向があるのですが、男性のほうが、より顕著。このため、50代半ばまでに夫婦の間に信頼関係が構築されていないと、このあたりで妻の脳に「離婚」という二文字が浮かぶことに。
想定内の脳の変化で、長年連れ添ったパートナーに愛想を尽かすというのも、なんだか悲しい話。ここは、互いの脳で起こる変化を知っておくべきかもしれません。
56歳は脳の完成期
脳を、装置(入力・演算・出力)に見立てると、私の研究では28年ごとに様相を変えることがわかってきました。28歳までの脳は、著しい入力装置。そして、56歳からの脳は、出力性能が最大に働く期間に入ります。とっさの判断に迷わなくなり、いったん出した答えへの確信が深いのです。

確かに、その脳の既知の環境においては、誰よりも早く正解を出せるようになります。しかしながら、「他人の領域」においても自分のものさしを使って「勝手に確信の深い答え」を出すので、それが「わからず屋」に見える原因。定年後、家にいるようになったとき、やたら偉そうに家事のやり方を指示したりして、妻に嫌われるのも、このせいです。
当然、家事に関しては、主婦の脳の方が長けていますし、こちらも56歳以上だと確信が深いので、互いに一歩も譲らず、ぶつかり合うことに。「熟年夫婦危うし!」ですね。
脳の性能がよくなったゆえの「頑固」
また、自分が誰よりも速く正解(本人にとっての正解)(本人には絶対と思える正解)を出すので、周囲が愚かに見えるのも、56歳からの脳の特長。
特に、自分より経験が少ないと思った相手に対してはそれが顕著で、若者を「世の中、まったくわかってない」と断じたり、専業主婦の妻を見くびったり、とまぁ、ひどいものです。
しかし、本人は、自分の脳の判断スピードが上がったことを知らないので、ただただ周りがもどかしいばかり。「最近の若いものは」と口走ったりして、厄介なオヤジぶりを発揮。これが「頑固」に見える理由ですね。
いわば、脳が優秀になったゆえの副作用なのですが、周囲にとっては、ただただ厄介でしょう。
しかし、誰もが行く道です。
夫婦の最後の試練
56歳をすぎて、「周囲がなにもわかってない」と感じたときには、自分の脳が優秀になりすぎているんだな、と考えてみてほしい。周りがついてこれないことに、苛立ちではなく、同情をしてほしい。速く走れる人が、走れない人をいたわるように。
自分だけが正しいように感じたら、それは、自分の脳が狭量になった証。どのような別解にも、「そういう見方もあるかも」と思えることが、実は、脳の柔軟さであり、若さの証です。若い脳は、だからぼんやりして見えるし、ぐだぐだ迷う。その神経信号こそが、脳の進化ののりしろなのです。
——と、「わからず屋で頑固になったパートナー」に知らせたいものですが、それを受け入れられないのが、成熟脳の悲しいところですね。この、勝手に脳の完成を見て、いい気になっているパートナーをどう愛するか。それが、夫婦の最後の試練といっていいかもしれません。
やるべきことが若いときの何倍も見えている
一方で、私たち主婦も、この脳の秘密を知っておかないと、別のことで追いつめられます。なにせ「やるべきこと」が若い頃の何倍も見えちゃってる。
風呂場の水道栓に残った水玉を見たら、それが乾いたあとに、うろこのような跡を遺すことに思い至ってしまう。洗面所の鏡についた指紋も、ハンドソープが残り少ないことも、ゴミ箱がいっぱいなことも、みんなみんな気づいてる。
風呂上がりに、自分の肌と髪に夢中になってる娘を尻目に、ベテラン主婦は、寝るまでにやるべきことが脳内に溢れてくるわけ。それをいちいち家族に頼むとうるさがられたりしてかえって面倒くさいので、たいていは黙ってやるわけだけど、いつしか、自分ばっかりこまねずみのように働いていることに虚しくなってしまいます。
なにせ家族は感謝しないから。
なめているわけじゃなく、見えていないだけ
感謝しない理由は、見えていないからです。ベテラン主婦が100見えているとしたら、家事をしない男性や若い女性は30くらいしか見えていない。その30さえ遂行すれば、自分は完璧だと信じているので、まったく悪びれもしないのです。

見えているのに、手を出さないのなら性格が悪いわけだけど、見えてないのですから、心根を叱っても、相手はきょとんとするだけ。
世の中は、より見えている側に厳しくできています。できる人ほど、損をする。企業では、できる2割の社員が全体の8割の仕事をする、と言われています。
ベテラン主婦の2つの心得
じゃあ、見えない側に回りたいかというと、私はそうは思わない。家事をうまく回したときの完遂感は、なににも代えがたいから。この記事を読んでくださっているみなさんも、きっとそうではないでしょうか。ベテラン主婦は、その脳と手を止められない。なんて愛しいことなのかしら。
そんなベテラン主婦に2つの心得があります。
【1】 家族が手伝いもせず感謝をしなくても、それは家族が主婦をなめているからじゃない。自分が優秀すぎて、家族が理解できる域を超えたことを認めて、自分を讃えよう。
【2】 気づいたことをすべてやってたら、眠る暇もなくなるので、あきらめることを覚えよう。
明日できることを今日するな
私は「明日できることを今日するな」という イタリアのことわざを、人生の座右の銘にしています。思いついても、今日しなくていいことは、『明日の自分』にメールして、忘れてしまう努力をします。
それと、「えいやっ」と目をつぶって、家事のどれかを家族に丸投げすること。家事をシェアするときは、丸ごと任せます。
例えば、洗濯を手伝ってもらうのなら、「自分が忙しいときだけ」「洗濯物を取り込むことだけ」頼むのではなく、いっそ『洗濯リーダー』に任命してしまうことです。洗剤のセレクトから、ピンチングハンガー、洗い方や干し方、そのタイミングに至るまで、すべて本人のやりやすいように。もちろん、やり方を聞かれたら教えますが、それ以外はとやかく言いません。失敗したらしたで、脳の学習になるので。
夫がまだ外で働いているので、そこまでは無理、というのなら、「風呂のカビとり係」「そば茹で係」「肉焼く係」とか、もう少し小さなタスクを丸投げしましょう。「今日はおそばにしよう」となったら、「あなた、お願い」と無邪気に頼ります。
結局、夫が一番頼りになる
家族で家事をシェアしようとすると、結局、一番頼りになるのは同世代の夫の脳なのがわかります。
20~30代の子どもたちにタスクを投げても、脳の演算速度が遅いので、腰が重い。私たちの疾走する脳についてこれません。
夫は、引き受けてさえくれれば、自分と同じように成熟している脳なので、仕事のノウハウを家事に当てはめたりして、けっこう頼りがいのあるパートナーになってくれます。

そして、定年が見えてきた夫は、案外観念していて、家事に参加してくれるもの。
夫の家事参加は、妻の愛を呼び戻す
家事に参加しはじめたらこっちのもの。理由は3つ。
【1】 慣れないことを始めると脳が柔軟になるため、「頑固」が少し減るから
【2】 家事が意外にプロの仕事だと知り、妻を見くびらなくなるため、「怒りっぽい」が少しは減るから
【3】 なによりも、夫婦に連帯感が生まれるから
我が家の夫は、料理はほとんど手を出さす、昨日作ってくれたチーズトーストが、37年の結婚生活で初めて1人で作ってくれた朝食、というくらいの人ですが、洗濯リーダーとしては完璧。どんなときにも、洗濯物を心配してくれる使命感には、心を打たれるほどです。
彼が大事に思っているのは間違いなく「使命」なのですが、(男性脳の第一優先事項)、私の女性脳は、なんとなく「私のための思いやり」だと思い込みます。愛もよみがえってきたかも。
ここを乗り切れば、「あうん」のふたり
というわけで、「頑固で怒りっぽくなった夫」ほど、頼りにして甘えて(ときには嘘の体調不良を装ってでも)、家事に巻き込んでしまうこと。夫の脳に少しの改革ができて、ベテラン主婦のジレンマ(自分ばっかり)も少し軽減できる。
せっかくの脳の完成期。ぶっちぎりの演算速度を誇る二人で、上手に寄り添って、「あうんの呼吸」を作り出してみてください。
◆教えてくれたのは:脳科学・人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さん

株式会社 感性リサーチ代表取締役社長。人工知能研究者、随筆家、日本ネーミング協会理事、日本文藝家協会会員。人工知能(自然言語解析、ブレイン・サイバネティクス)、コミュニケーション・サイエンス、ネーミング分析が専門。コンピューターメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳と言葉の研究を始める。1991年には、当時の大型機では世界初と言われたコンピューターの日本語対話に成功。このとき、対話文脈に男女の違いがあることを発見。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。2018年には『妻のトリセツ』(講談社)がベストセラーに。以後、『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など数多くのトリセツシリーズを出版。http://ihoko.com/
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