
轟音とともに夏の夜空にきらめき、一瞬で消える「花火」の儚い美しさ。J-POPなどでは「恋の終わり」にたとえられることも多いようです。1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライター田中稲さんによると、1990年代末以降、失恋や別れの象徴として花火がこれまで以上によく歌われるようになったとのこと。aiko、ZONE、大塚愛などの数あるヒット曲のうち、田中さんのイチ押しは、浜崎あゆみ『HANABI』。その魅力を綴ります。
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夏の終わりの「花火ソング」
歌謡曲やJ-POPの歌詞では、よく恋の展開と四季の移ろいが重ねて描かれる。春はいい感じの片思い、夏はラブラブ、秋はすれ違い気味の片思いまたは別れの予感、冬は別れや忘れられない思い出……。
自然現象もエモーショナルだ。春風、それは恋の予感。太陽、それは情熱。落葉、それは枯れていく恋心。雪、それは溶けてはまた降る未練なのである。ッカーッ、風流で良き良き!!
特に失恋シーズン「秋」の名曲の多いことよ。オフコースの『秋の気配』、五輪真弓さんの『恋人よ』、小泉今日子さんの『木枯らしに抱かれて』、松田聖子の『風は秋色』。枯れ葉が散り、夕焼けが美しいこの季節とセンチメンタルはベストマッチングである。
しかし1990年代の終わりあたりから、秋より少し前倒し、「夏の終わり」も失恋シーズンとして人気が高まってきた。それに伴い、センチメンタルダイナマイトアイテムとして、それまで以上に重宝され出したのが「花火」!
『花火』(aiko)、『secret base〜君がくれたもの〜』(ZONE)、『夏祭り』(Whiteberry。JITTERIN’JINNのカバー)、『金魚花火』(大塚愛)など、ウキウキ系、祭り系からシミジミ系まで、平成のラブソングは花火が大人気である。

私が特筆したいのは、2002年の大ヒットシングル『H』(3曲A面マキシシングル)に収録されていた浜崎あゆみさんの『HANABI』。歌詞に「花火」という言葉は一切出てこないし、ドカーンと散った火花とか、浴衣姿とか、それらしいシーンも全然描かれていない。ただただ忘れられない恋があって、それを抱える気持ちがつらくて、涙が溢れ出そうになるのを、空を向いて止めるだけ。
その空を向く仕草は花火を見る姿勢と同じ。だから「ああ、交際しているときは、二人で手をつなぎ、『綺麗だね』なんて花火を見上げたのかもしれない」と、歌の奥にある恋がうまくいっていた日々がグオーッと思い浮かんでしまう! 私のベストオブ花火ソングである。

華やかに咲き、潔く散る「一瞬の尊さ」
浜崎あゆみさんは、花火が終わってしまった後の切なさと、恋の終わりの悲しさをかけて『HANABI』を書いたというエピソードを読んだことがある。そうなのだ、花火がエモいのは、エネルギーが爆発するような美しさのあとに「スン……」という静寂が来るから。「ああ、終わってしまった」という泣きたくなるような心細さ、確かに恋に似ている。
また、花火ソングが増えてきた時期と、春の「桜ソング」が増えてきた時期が重なるのも面白い。
どちらも、もう戻ってこない恋や若さ、思い出を重ねる歌が多いけれど、悲しいだけではなくて、どこか「大切な宝物」という誇りが漂っている。咲く時は生命力が爆発するように咲くけれど、散るときは一瞬。そんな儚い美しさは桜も花火も共通だ。
文明が発達した今、オールシーズンなんでも楽しめるようになった。そんな時代だからこそ、ものすごく華やかに咲き潔く散る刹那的な桜や花火が、より美しく感じるようのかもしれないなあ、などと思うのである。

儚いものは美しい
夏の終わりの花火は、鎮魂の意味が込められている。2020年から始まったコロナ禍によって中止が続いた花火大会だが、今年は久々に開催されるところも多いようだ。
すでに8月中旬開かれた花火大会に参加し、ドカーンと空に咲く花火に深い想いを寄せられた方もいるだろう。お友達や恋人、もしくは家族と花火セットを買い、頭を突き合わせ、小さな光を愛でた人もいるだろう。
ちなみに、これから開かれる花火大会を、平成ラブソングの如く観に行く予定の方、一つマメ知識を。花火は心理的にもラブチャンスが増えるらしい。「もうすぐ花火が上がる」とドキドキすることで吊り橋効果(一緒にいる相手に恋愛感情を抱きやすくなる現象)が期待でき、さらには二人並んで同じ方向を見ることで一体感を得られるらしい(「スティンザー効果」という)。ううむ、マナーをしっかり守って参加すればいいことずくめのようだ!
私からも老婆心ながらアドバイスを。トイレは先に済ませておこう。
というのも私は若かりし頃、花火が上がるとともにトイレに行きたくなり、ものすごく遠くに設置されていた簡易トイレに走ったはいいが、絶望するような長蛇の列ができており、仕方なく並びながら花火を見、無事トイレを済ませたはいいが今度は迷い、グループの輪に戻った時はすでに花火が終了。結局片付けだけ一緒にして解散になった経験がある。あれはある意味、浜崎あゆみさんの『HANABI』を超える切なさであった。
私のようにならないよう、この夏一瞬の輝きを堪能してほしい。儚いものは美しい。たーまやー……。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka