
17年間、専業主婦として子育てに全力を尽くしたあとにキャリアを再開し、会員制クラブやラグジュアリーホテルなど、さまざまな仕事を経験した薄井シンシアさん(63歳)が今回、フルタイムワーカーから専業主婦になった2人のアラフォー女性に話を聞きました。2人はいわゆるキャリアブレイク中。いずれ仕事に復帰するときのことをどう思い描いているのでしょうか。
仕事を辞めて分かった自分の望み
――今回、シンシアさんの鼎談の相手となったのは、大戸菜野さん、松本優季さんという2人の女性。バリバリのキャリアウーマンだった彼女たちは今、仕事をやめ、専業主婦として毎日を送ります。シンシアさんは、2人が専業主婦になってからのメンタル面から早速掘り下げていきます。
シンシアさん:専業主婦になって、お子さんたちが明るくなったという話を前回、うかがいました。お2人ご自身はどうですか? 専業主婦になって心のありようは変わりました?

菜野さん:人生の優先順位が変わりました。子供がある程度の年齢になるまでは週5日出社するという働き方に戻ることは二度とないだろうと思います。専業主婦になって1年ほど経ちますが、子供とずっと一緒の生活をしてみたらあまりに楽しくて、以前に思い描いていたライフプランがどうでもよくなってしまって。
会社員だった頃は、どんどん(キャリアの)ハシゴを登ろうとしたんですけど、離れてみると(長時間労働を求められる役職や高給は)そんなに欲しいものでもなかったと我に返ったような感じですね。
優季さん:我に返る感覚、分かります。仕事を辞めて、辞めたあとの生活を実際にしてみて気づくことってありますね。私は専業主婦生活4か月ほどですが、この日々で気づいたのが、私は土日休める生活がしたかったんだなということです。
(自身が働いていた)歯科業界だと土曜日は出勤のことが多いんです。だから世間が3連休でも私は連休を堪能できたことがなかった。息子の保育園の卒園式に出たくて土曜日に休みを取ったことがありましたが、当日の朝スタッフが一人欠勤になったからと急に出勤を頼まれて。式が終わってすぐ着物を脱いで息子を抱きかかえて職場へ向かいました。あれは本当にいやでしたね(笑い)。だから、再就職するとしても、子供が小さいうちは土曜日は出勤しない。そのスタイルが貫ける場所で働きます。
シンシアさん:子供と一緒にいられる間は、その時間ってやっぱり楽しいし、大事にしたいですよね。でも、子供が巣立っていったあとの土日って何もやることがなくて、私は苦しかったなあ。

菜野さん:そしたら、またハシゴを登ってみるのもアリですよね。
シンシアさん:私はそうしました。それが珍しくもない、当たり前に選べる形の一つになればいいなと思います。
“選ばなければ”仕事があるという達観
シンシアさん:お2人は専業主婦になる決心がついて、実際にその暮らしを楽しんでいる。あとは、子供が小さい時期を過ぎて、仕事に復帰しようというとき、それがどんな形で叶うのかですよね。不安に思うことはありますか?

菜野さん:まずは子供と自分が生活していける1か月25万円(の給与の仕事)がみつかればいいと割り切っているので、怖くないですね。仕事復帰1年目から、会社を辞める前にもらっていただけの給料かそれ以上を得ようとすると、そんなことが可能かどうか不安にもなると思うんですよ。
私は最初の再就職先を一生いる場所だと思わずに、数年かけて転職や異動、会社側との交渉もしながらステップアップしていけばいいと思っています。再就職後どれだけ短時間で元に戻せるか?が私の関心事項ですね。
優季さん:私も不安はあまり感じていません。歯科衛生士の資格を持っているので、選ばなければ食いっぱぐれることはないと思っています。過去に、小児がんを患っている子供の看病のための休業から復帰したとき、給料がガクンと落ちる経験をしたので、そこからまた自分を評価してくれるところを探して収入を増やしていけばいいというのも分かっていますし。
シンシアさん:みんな10代や20代で就職して、少しずつ登ってきたはずだけど、そのことを多くの人は忘れているんですよね。何かでキャリアが途切れても、また少し下から登り直せばいいだけのことなのに、直近の立ち位置にすぐさま戻れないと、もう最低最悪みたいな受け止め方になってしまう。
だから、優季さんみたいに「選ばなければ」仕事はあると思えない人が多いみたい。優季さんはどうして、「選ばなければ」という考え方ができるんですか?

優季さん:パートからキャリアを再開した経験があるので、どこからでも仕事内容や収入は徐々に充実させていけるだろうという思いがありますね。それと、これまでがこだわりすぎていた気がするので、その反省もあります。
シンシアさん:仕事の選び方にこだわりすぎていたということ?
優季さん:資格に捉われていたと思うんですよ。せっかく取った国家資格だから、これを使って一生働くのが正しい道だと思い込んでいた。資格と関係ない仕事をするより稼げるはずだからと。でも、歯科衛生士の年収は30代でも40代でも400万円を切るぐらいなんです。高収入にこだわるのなら他にも仕事はいくらでもあったのに。
だから、何がなんでも歯科業界でなければいけないと思わずに、“私は資格を持っていて歯科の仕事でたくさんの経験を重ねて来たから得意だった”という程度に、こだわりのレベルをぐっと下げてみました。それと、資格以外のリソースを考えたり。そうすると、歯科以外の仕事でもチャンスがあればやってみたいと思えるようになりました。
シンシアさん:他の業界も選択肢に入ってきたんですね。優季さんにとって、仕事は報酬を得るためのもの?
優季さん:そうですね。好きな仕事ではありますけど、報酬は大事です。
「好きなことをする」「お金もたくさん欲しい」は並び立たない
シンシアさん:なるほど。菜野さんは仕事をどういうものだと捉えていますか?
菜野さん:私は大学ではPRの勉強をして、就職してからは営業をやったり商品企画をやったり、結構バラバラで。業界も自動車とインフラと家電を経験しています。ただ、1つだけ決めていたのが、 “得意なことをして働く”ということでしたね。それが一番、効率よく稼ぐ方法だと思うから。

シンシアさん:「得意」がポイントですね。「得意」と「好き」って違う。好きなことをする、お金もたくさん欲しい、この2つはなかなか並び立たないと思います。でも、得意なことをする、お金がたくさん欲しい、これは両立しやすいです。
菜野さん:好きを仕事にって考えてしまうと、自分はそこまで好きなことがないとか、自分はキラキラしてないって考えてしまったりして、かえって心がしんどいんじゃないですかね。私も好きなことといったら洋服だから、洋服屋さんには憧れましたけど実現はしなかった。
優季さん:私も学生の頃、アパレルの店員さんになりたいと思いましたけど、実際に働いている方から「お金はあまりもらえないよ」「夜遅くまで働くことになるよ」という話を聞きました。もちろんすべての職場ではないと思いますが、いろいろ調べたりして考え直しました。
菜野さん:私も洋服とはお客さんとして関わる形でいいのかなと思いました。待遇だとか諸条件が自分にとって魅力的でなかったときに、それでも好きだからその仕事がしたいと思えるかですよね。私にはできない。

シンシアさん:私は好きなものって特にないけど、娘は小説が好きで、作家になりたいと言っていた頃がありました。私は頭ごなしに反対するのではなく、作家の自叙伝をたくさん買い集めて与えました。思った通り、彼女はそれを読んで経済的なことを含め、作家という仕事のリアルな厳しさを悟ったようでしたね。別の職業を現実的な進路として考えるようになった。
それでも彼女の中で創作への情熱は完全には消えず、働き始めてからも「やっぱり作家に」と言うので、彼女がロースクールに合格したあと、「勤めていた会社を退職し、入学するまでの半年の間ずっと小説を書いてみたら」と提案しました。彼女はそうしてみて、それで気持ちを昇華できたみたい。得意を先にやって、好きを後の楽しみにとっておくと言っていた。
菜野さん:好きな仕事だと、手放すのもつらいですよね。でも得意だからしていることなら、ライフステージによって手放すタイミングが来ても、あまり苦しくない。
優季さん:そうですね。お2人と話していると、私の仕事への思いも、好きというより得意というほうがフィットするなと思いました。
情熱ありきではなく、冷静に仕事に向かいたい
シンシアさん:私が日本に帰って最初にした仕事は、会員制クラブでメンバーのお子さんの誕生日会を企画・運営することでした。はっきり言って、そんなの全然好きではない(笑い)。生意気盛りの子供だっているし、親御さんにも気を遣うし。でも、仕事なんだからプロとして完璧にやりましたよ。仕事に「好き」は関係ない。
菜野さん:周りに与える印象の問題ですよね。私は以前自動車メーカーに勤めていて、世の中の大半の人よりクルマは好きで、好きなテイストやデザインもありますが、決してマニアではありません。クルマが好きであろうとなかろうと、お客さんに喜んでもらえるものを作らなければ意味がないのに、クルマ好きを求められる場面はありました。
クルマが好きと公言することで仕事がうまく進むこともありますし。でも、大事なのはプロとしてクルマとお客さまに興味を持って、お客さまが本当にうれしいものを作れるかどうかなんです。

シンシアさん:本当に大好きでこだわりも強かったら、仕事にするのがつらくなりそうですけどね。例えば、自分の感覚ではこのクルマって美しくないなと思っても、会社が売れと言ったら売らなくちゃいけないでしょう。
菜野さん:割り切らないといけない。だから「好き」をうまく加減しながら使っていました。いくら私が好きなデザインでも、世の中に16人しか欲しい人がいなかったらビジネスになりませんから。
シンシアさん:私も仕事の会議で「あなたのおもてなしの定義は?」と聞かれて、意味が分からなかったなあ。おもてなしを受ける人が快適に感じることが大事で、私がどう思うかは関係ないでしょう。相手の要求、自分たちの予算、それが噛み合うところを見つけるべきなのに。
優季さん:仕事への情熱を示すように求められることって、どの業界でもありますよね。仕事なんだからまずは結果が出ればいいと思うんですけど。歯科業界でも診療が21時に終わって、そこから数時間、職場に残って自主的に勉強する人が数人いて、そういう人がやる気のあるいい従業員だと評価されることになっていました。
シンシアさん:私だったらそれ、情熱がなくても技術の習得に必要なら残るし、必要なければ帰る。
優季さん:私もそうでした。だいたい、残りたくても残れない事情のある人もたくさんいる。

シンシアさん:働き手のほうでも、仕事で人から感謝されたいという人がいて、そういう気持ちは私にはよく分からないんですよね。仕事をして給料をもらう。その給料が評価なんだから、褒め言葉や感謝の言葉を別途もらう必要ってあるのかな?
優季さん:仕事に感情を介在させすぎていますよね。以前の勤め先は、給与明細を紙で直接受け取る慣例で、そのとき絶対に両手で「ありがとうございます」ともらわなくてはいけなかった。仕事の対価を受け取るのに、どうしてそんなにへつらう必要があるのか疑問でした。
シンシアさん:外資系企業にも実はその手の変な慣例、ありますよ。営業成績トップの人を表彰するとき、経営者は副賞になるべくお金をかけたくないでしょう。だから、変なゴールドコインとか作って、それをもったいぶって渡すの。絶対、要らない(笑い)。スタバのカード1000円分とかのほうがよっぽどありがたいです。
菜野さん:『お金より名誉のモチベーション論』という本(太田肇・著、東洋経済新報社)に書いてありましたけど、実はお金を得るために働く経済人より、人からの承認を得るために働く承認人の方が多いと。
優季さん:信じられない……。

シンシアさん:仕事から感謝だの名誉だの他人からの承認だの、給料以外のものをもらおうとしすぎているのかな。
優季さん:「今日の仕事は、楽しみですか。」という広告が炎上しましたけど、あれなんかは仕事に感情が入っていてもいいどころか、感情が伴っているべきだという感覚ですよね。
菜野さん:好きを仕事に、仕事は楽しいものだと思い込まず。もうちょっと仕事に対して冷静な気持ちでいたほうが心穏やかでいられるのかなと。それもきっと人によるけど、少なくとも私はそうですね。
シンシアさん:本当にそう。好きなことを仕事にできて、仕事が楽しい人もいるんだろうし、それは結構なことだけど、そうでない人を苦しい気持ちにさせないでほしい。仕事が楽しくないのなんて当たり前。お金をもらう側なんだから。それをみんな、みじめに思ったりしないでいこうよね、と私は言いたいです。

◆薄井シンシアさん

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う大学のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラ社に入社し、オリンピックホスピタリティー担当就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
撮影/黒石あみ 構成/赤坂麻実
●薄井シンシアさんが2人のアラフォー女性に聞く いま「専業主婦」というキャリアブレイクを選択する理由