心臓の音まで聞こえてきそうな横浜流星の演技
キャリアを重ねるごとに、名実ともに若手俳優の中でも頭一つ抜けていく横浜さん。今年も出演した話題作の放送・公開が途絶えません。日曜劇場『DCU〜手錠を持ったダイバー〜』(TBS系)では数少ない若手キャラクターにしてドラマの中心人物を演じ、ゲスト出演した『オールドルーキー』(TBS系)では高慢なサッカー選手に扮しました(実は根の優しい人物でしたが)。
『流浪の月』ではヒステリックで暴力的な男性の役に徹し、竹内涼真さんとダブル主演を務めた『アキラとあきら』では合理性を重視する冷たい男を好演。いずれも今作『線は、僕を描く』の霜介という人物とは対極にあるキャラクターたちで、誰もが強い言葉を口に、あるいはトゲのある言い方をよくしていました。
言葉にあまり頼らない
それに比べて霜介は、発言も口調そのものも柔らかい。不慮の事故で家族を失った彼は、深く傷ついています。そんな彼が、水墨画との出会いによって変わっていくのです。しかし本作での横浜さんは、そもそも言葉(セリフ)にあまり頼っていない印象です。
霜介が初めて水墨画を前にして圧倒される冒頭の一連のシーンでは、その瞳の輝きから、彼の感じているときめきや高揚感がスクリーンを超えてありありと伝わってきます。それは心臓の音までもが聴こえてきそうな気がするほど。いや、本当に聞こえるのです。横浜さんは我を忘れてしまうほどの霜介の静かで深い興奮を、瞳による表現に込めているように思います。それと呼応するように私たち観客も、この水墨画の世界に吸い込まれていくのです。
日常の風景をしっかり見つめてみることの大切さ
“無我夢中になれるものに出会うことで世界が変わっていく経験は、多くのかたがしたことがあるのではないでしょうか。”と冒頭に記しました。もちろん、経験したことのないかただっているでしょう。
けれども人生を変えるような「何か」との出会いは、どこに転がっているのか分からない。本作は霜介という1人の青年の姿をとおして、この事実と、日常の風景をしっかり見つめてみることの大切さも訴えていると思います。もしかするとこの『線は、僕を描く』という映画こそが、誰かの人生を変えるものかもしれません。劇場で出会ってみてはいかがでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun