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重責を課された二宮和也、映画『ラーゲリより愛を込めて』で硬軟自在な演技者であることを証明

『ラーゲリより愛を込めて』場面写真
(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
写真14枚

二宮和也さん(39歳)が主演を務めた映画『ラーゲリより愛を込めて』が、昨年12月9日より公開中です。北川景子さん、松坂桃李さんらを共演に迎えた本作は、辺見じゅんさんのノンフィクション作品を映画化したもの。シベリア抑留の実態を描き、どれだけ過酷な状況であっても生きる希望を捨てなかった人々の姿をとおして、戦争がもたらした負の遺産を改めて現代に突き付ける作品に仕上がっています。本作の見どころや二宮さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

* * *

シベリアで人々がどのように生きていたか

本作は、辺見じゅんさんによるノンフィクション作品『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文藝春秋)を、映画『糸』(2020年)や映画『護られなかった者たちへ』(2021年)などの瀬々敬久監督が映画化したものです。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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瀬々監督といえばラブストーリーからサスペンスまでジャンルレスに次々と新作を発表する映画作家ですが、本領を発揮するのは社会派作品。震災後の日本社会を描いた『護られなかった者たちへ』は第45回日本アカデミー賞をはじめとし、幅広く評価され多くの映画賞に輝きました。

今作では、日本人がシベリアの強制収容所(ラーゲリ)に不当に抑留された史実を扱っていますが、力を入れて描かれるのはそこで人々がどのように生きていたかということ。戦争映画というよりも、いうなれば社会派ヒューマンドラマといったところでしょう。

過酷な環境下、それでも捨てないダモイの希望

物語のはじまりは1945年。山本幡男(二宮)は多くの日本人とともに旧ソ連のシベリアに連行され、捕虜としてラーゲリに収容されてしまいます。「スパイ容疑」だといいますが、彼には身に覚えがありません。山本にとって体験したことのない寒さの中、過酷な労働を強いられる日々が続きます。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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すでに戦争は終わったはずですが、この地では終わっていません。人々はソ連兵の理不尽な暴力に怯えながら、わずかな食料を口にしては労働に従事します。それにソ連兵側が捕虜を上手く統率するため、ラーゲリは戦時下の日本軍と同じ様相を呈することになります。力の弱い者はわずかな食料さえも、力のある者に奪われてしまうのです。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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そのような環境下、仲間たちは一人、また一人と命を落としていきます。それでも山本は、日本にいるはずの妻・モジミ(北川)や子どもたちと一緒に過ごす日々が訪れることを信じて耐え、ともに過ごす仲間たちにもダモイ(帰還)の希望を捨ててはならないと訴えるのです。自身は病に冒されながら……。

それぞれの人生(ドラマ)を表現する俳優たち

本作は北川さん演じる妻のモミジと山本の物語でもありますが、やはり主として描かれるのはラーゲリの様子。山本を囲む人々の役には、手堅いキャスティングがなされています。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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戦争で負った心の傷に苦しむ松田研三を演じるのは、昨年公開され大きな話題を集めた映画『流浪の月』での好演も記憶に新しい松坂さん。今作でもセリフに頼ることなく、キャラクターを、いえ、キャラクターのバックグラウンドまでを垣間見せます。心を閉ざした松田が、生きることにひたむきな山本の姿に影響を受けて変わっていくさまに本作の大きなドラマ性があり、松坂さんはその任を負っているのです。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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彼と同じように大きな責務を課されているのが、桐谷健太さん、安田顕さん、中島健人さん(Sexy Zone)たち。いつまでも帝国軍人然とした態度で山本の姿勢を否定する相沢光男役を桐谷さん、山本の同郷の先輩でありながら過酷な環境下で完全に人が変わってしまった原幸彦役を安田さん、足が不自由で徴兵されていないのにもかかわらず連行されてきた新谷健雄役を中島さんがそれぞれ演じています。

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彼らのキャラクターは三者三様です。それは敗戦後の異郷の地で、人が生きるためにどのように変容してしまうのかを表しているもの。この物語になくてはならない者たちを、一人ひとりが大切に演じています。彼らが山本の影響を受けてどう変わっていくのかが、本作の注目すべき点なのです。

もちろん、ラーゲリに収容されているのは彼らだけではありません。ほかにも多くの日本人がいて、それぞれに人生(ドラマ)があるはず。そんな人々を、奥野瑛太さんや三浦誠己さんをはじめとする映画俳優たちが演じ、あくまでも劇映画として描かれる物語にリアリティを与えています。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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このような作品の中心に立っているのが、二宮さんなのです。

作り手の覚悟と二宮和也の重責

本作は何といっても、山本を誰が演じるのかが重要です。いくら脇を固める俳優陣がよいとしても、その中心に立つ者が未熟では一気に作品は強度を失ってしまうことでしょう。それに本作が描いているのは史実を基にしたものです。あくまでも“基”とはいえ、それを安易に創作物にしていいわけがありません。作り手全員に相当な覚悟が求められるはず。

そういった意味で主人公・山本役には重責が課されるわけですが、このポジションに二宮さんが起用されたのには納得です。

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硬軟を自在に操る演技力

彼はこれまでにも映画『硫黄島からの手紙』(2006年)や映画『母と暮せば』(2015年)などの“戦争と人々”を描いた作品に出演してきた実績がありますし、作品のジャンルやキャラクターのタイプを問わず俳優として常に挑み続け、それらの幅の広さから、硬軟自在な演技者として認知されてきました。

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(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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本作での山本は朗らかな人物ですが、それだけでは過酷な環境下で心を強く保つことは不可能。そこには朗らかさ(=軟)とともに、厳しさ(=硬)が同居しています。ここの表現のバランスが非常に難しいところだと思いますが、二宮さんは“硬”の演技と“軟”の演技を自在に転換させ、誰よりも人間くさい山本像を作り上げているように感じるのです。

いまを生きる世代にできる負の遺産の背負い方

本作を観て改めて思い知らされたのが、あらすじでも触れた“戦争が終わった日に戦争は終わらない”という真実です。筆者は戦争を知らない世代の若輩者ですが、いまこれをお読みのかたのほとんども、おそらく実体験として戦争を知らない世代なのではないでしょうか。何せ、終戦から80年弱も経っているのですから。

『ラーゲリより愛を込めて』場面写真
(C)2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子
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劇中には「もはや戦後ではない」という有名な一節が登場しますが、果たしてそうでしょうか。抑留者の人々の多くの無念はいまだにあの土地に眠ったままで、「戦後」世代の私たちは、現在もなお敗戦の、いえ、戦争そのものの負の遺産を背負っています。戦争と直接のかかわりがなくとも、この歴史が存在する以上、私たちはかかわり続けているのではないでしょうか。意識的に負の遺産を背負うべきなのではないかと筆者は思います。

『ラーゲリより愛を込めて』場面写真
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こう記すとどうにも厳しい印象を与えてしまうかもしれませんが、そうではありません。山本幡男さんという人が実際に存在し、異郷の地で無念にも命を落としてしまった事実や、彼のほかにも大勢の人々が無念の最期を迎えた事実、そして、物語にさえ描かれなかった人々もいる事実。このことを忘れず、いつまでも考え続けることが、いまの時代を生きる誰しもができる負の遺産の背負い方だと思うのです。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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