
「糖質中毒」という言葉が近年話題になりましたが、『脂質中毒 脳は「油」を欲するようにできている』(アスコム)の著者で医学博士の岡部正さんは、「脂質中毒」にも注意が必要だといいます。気づかぬうちに脂質中毒になっている人も多く、脂質をやめたくてもやめられなくなってしまうそうです。ダイエットだけでなく、健康面にも悪影響のある脂質中毒のリスクや原因について教えてもらいました。
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気づかぬうちに陥りやすい脂質中毒
岡部さんによれば、脂質中毒とは、必要以上に脂質を摂ってしまい、脂質の摂取をやめたくてもやめられない状態のこと。中毒という言葉から、頻繁に脂っこい料理を食べているようなイメージを持つかもしれませんが、脂質中毒の真の問題は、自覚しづらい点にあると岡部さんはいいます。
「脂身たっぷりのステーキや、揚げ物を毎日たくさん食べるという方は、脂質中毒になっている危険性がもちろん高く、自身でもあぶらを摂りすぎているという自覚があると思います。しかし、肉類や油料理がそこまで好みでない人や、ましてや意識してあぶらを遠ざけている人であっても、実は脂質中毒になっていたというケースがよくあるのです」(岡部さん・以下同)
がんや脳梗塞による死亡リスクを高める脂質中毒
自分は大丈夫だと思っている人でも、知らず知らずのうちに陥っていることがあるという脂質中毒。一体、どんなリスクがあるのでしょうか。

「がんによる死亡リスクと、脳梗塞、心筋梗塞などで死亡するリスクが、飛躍的に高まります。これはデータに顕著に表れています。さらに、あぶらを摂りすぎると肥満になりやすいので、ありとあらゆる病気の引き金になります。認知症になりやすいというデータもあります」
チェックリストで“脂質中毒度”をチェック
脂質中毒になっていないかどうかは、チェックリストで調べることができます。以下のチェックリストで、イエスの数が0~1個の人は脂質中毒の心配なし。2~5個だった人は脂質中毒予備軍、6~9個だった人は脂質中毒の可能性大、10個以上だった人は脂質中毒確定だといいます。
【1】1日2食以上揚げ物を食べている
【2】和菓子よりも洋菓子が好き
【3】魚料理よりも肉料理が好き
【4】食後のデザートや風呂上がりのアイスクリームは欠かせない
【5】夜食や間食をとる習慣がある
【6】焼肉は赤身よりもカルビが好き
【7】塩ラーメンよりもとんこつラーメンが好き
【8】柿の種よりもポテトチップスが好き
【9】お腹がいっぱいでも好きなものは別腹
【10】退屈になるとなにかを食べる・食べてしまいたくなる
【11】ストレスがあるとなにかを食べる・食べてしまいたくなる
【12】コロナ禍でデスクワークの時間が2時間以上増えた
【13】20歳のころよりも体重が5kg以上増えた
脂質中毒になる2つの理由
岡部さんは「男性の35%、女性の44%が、脂肪を摂りすぎているのです」と話します。脂質中毒になってしまう原因には「生理的理由」と「社会的理由」があり、自己責任とはいえない面も多大にあるそうです。
人間は本能であぶらを欲してしまう
人があぶらを摂りすぎてしまう「生理的理由」は、太古の昔にさかのぼります。食料を自らの手で探し出し、入手する必要があった我々の祖先はいつもお腹を空かせており、特に食料が得にくい冬は常に飢えと隣り合わせ。飢餓に備えるため、人は体に脂肪をつけてエネルギーを蓄えておくことができますが、最も効率的な方法が、脂質を摂ることでした。

「脂質を上手に摂ることができ、脂質を『おいしい』と感じる味覚を持ち、たくさん食べてきた祖先のほうが、飢えをしのぐことができ、子孫をたくさん残すことができたはずです。我々は、そんな油や脂で飢えをしのいできた人類の末裔です。つまり『あぶらを摂れ』『あぶらはおいしい』という本能が残っているのです」
摂れば摂るほど欲してしまうあぶら
脂質の多い食べ物を人間は本能的に「おいしい」と感じてしまうわけです。さらに、最近の研究では、甘味、塩味、酸味、苦み、うま味という5つの基本味に加え、あぶらを感じとる「脂肪味」という第6の味覚があることが明らかになってきました。この「脂肪味」の特性にも、人が脂質中毒になってしまう原因があると岡部さんは言います。
「問題なのは、ほかの5つの味覚よりも、脂肪味の感じ方は個人差が大きいという点です。砂糖や塩が多すぎる料理は誰もがマズイと感じます。しかし、あぶらを感じとる脂肪味の力は微細で、多い少ないを誰もが明確に感じとるのが難しいようなのです」

あぶらは元々量を感じとるのが難しいうえ、あぶらを食べ続けていると、舌にある脂肪を感じる器官である味蕾(みらい)の細胞はさらに鈍感に。
「脳には、おいしいものを食べることなどで刺激されて快感を得る『報酬系』という神経系があります。脂肪を摂り続けていると同じ刺激では快感を得ることができなくなり、脳は『もっと脂肪を!』と強く求めるようになります」
外食・中食産業の急成長で脂質中毒に?
脂質中毒の要因には、外食産業の急成長という社会的な側面もあります。脂質の多い料理はお客さんが満足しやすく、リピートにつながるため、外食企業はあぶらを加えた料理を提供します。外食が特別なものだった時代はあぶらを摂取する機会も限られていましたが、外食産業の成長によって外食は身近なものとなりました。
「昔は、家庭で料理をして食事をするのがあたりまえでした。しかも昔は肉類が高価だったので、ご飯、味噌汁、野菜、魚を中心とした食事をしていました。必要以上のあぶらがつけ入る隙のない食生活でした。それが、外食・中食を中心とした食生活になると、自炊よりもあぶらの摂取量が多い食事が増えることになります」

あぶらを摂るなら血液をサラサラにするオメガ3脂肪酸
脂質は知らず知らずのうちに摂取しがちですが、良質な脂質もあると岡部さんは言います。
あぶらの種類は大きく分けて3つ
あぶらを大きく分類すると、肉類やバターなど動物の体内に含まれている「動物性脂肪」、魚が体内に含んでいる「魚油」、ごま油や菜種油など植物に含まれている「植物性脂肪」の3つ。そこからさらに「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」に分けることができます。この飽和脂肪酸の摂取量を減らし、その分を不飽和脂肪酸の多い食べ物に切り替えるといいそうです。
「不飽和脂肪酸のなかでも、魚介類、アマニ油、えごま油などは、オメガ3脂肪酸(DHA、EPA、ALA)を含んでいます。オメガ3脂肪酸を適度に(1日2g程度)摂ると、血液がサラサラになり、中性脂肪を減らしてくれる効果があり、心疾患リスクを低減させることができます」

電子レンジでの温め直しに注意
オメガ3脂肪酸は体にいい油ですが、摂取する際には注意点も。オメガ3脂肪酸をはじめとする不飽和脂肪酸は酸化しやすく、電子レンジでの温め直しで酸化したものを食べてしまっているケースがあるためです。
「電子レンジはマイクロ波で食材の中から加熱をします。油・脂料理は高熱を与えると、すぐに酸化してしまいます。酸化した脂質、酸化したコレステロールを食べると、体内で酸化悪玉(LDL)コレステロールが増加します。これが血管にプラークと呼ばれるコブを作り、動脈硬化の原因となります」
なってしまうと飛躍的に病気や肥満のリスクを高めてしまう脂質中毒。現代社会は脂質中毒になりやすい状況にありますが、飽和脂肪酸の摂取量を意識的に減らし、酸化していない不飽和脂肪酸を摂ることを心掛けるように意識することが健康のカギになりそうです。
◆教えてくれたのは:医学博士・岡部正さん

おかべ・ただし。岡部クリニック院長。慶應義塾大学医学部卒業。カナダ、カルガリー大学留学。亀田総合病院副院長を務めたのち、オーダーメイド医療を理想に、東京・銀座に岡部クリニックを設立。専門医として生活習慣病の予防と治療に長年携わる。日本病態栄養学会評議員、日本糖尿病学会認定専門医・指導医、日本肥満学会会員。著書に『脂質中毒 脳は「油」を欲するようにできている』(アスコム)など。