理学療法士で『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』(アスコム)の著者の川畑智さんは、認知症の人のサポートや認知症予防のための活動を行っている。多くの認知症患者やその家族と関わってきた経験から、お互いが笑顔になる“晴れ”の日を増やす介護のポイントを伝えている。その中からやりがちなNG対応について教えてもらった。
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記憶の確認クイズを出さない
認知症になると、記憶障害とともに「時間」「場所」「人」に関わる認知機能に支障が出る「見当識障害」が始まる。
「アルツハイマー型認知症では、比較的初期の段階でわからなくなるのが『いつ』と『どこ』。そして、中期になると『誰』が苦手になります」(川畑さん・以下同)
答えられないとお互いにマイナスな気持ちに
施設に面会に来る家族から認知症患者へ、「今日は何月何日か言える?」「今どこにいるのか、わかる?」「孫も連れてきたよ。名前なんだったっけ?」などと、記憶の確認クイズを畳みかけてしまうケースは少なくないと川畑さんは言う。しかし、これはNG対応の1つ。
「認知症がどれだけ進行しているか確かめたくて、つい聞いてしまう気持ちはよくわかりますが、認知症になっても、人格やプライドは当然残っています。試されるようなクイズは、苦痛でしかありません。ましてや、答えられなかったら自信を失いますし、ご家族も『前より悪くなった』とショックを受けます」
お互いが、マイナスな気持ちになってしまう質問をあえてする必要はない、というのが川畑さんの考えだ。
誰かわかるか聞かずに、自分から名乗る
また、認知症になると、人の顔がわからなくなる「相貌失認」という症状も起こる。
「家族の顔は忘れにくいのですが、症状が進行したり、施設などに入居して毎日顔を合わせなくなったりすると、記憶から抜けてしまったり、別の人と間違ってしまうことも増えていきます」
家族にとって、自分の顔を忘れられてしまうのはとてもショックな出来事だ。しかし、つい「わかるよね?」と必死になってしまうこともあるだろう。そうならないために、川畑さんはクイズを出すことではなく、自分から名乗って答えを明かすことが大切だと語る。
「『○○よ』と名乗ることで、脳の記憶の部分と顔が一致し、『おお、○○か』とわかってもらえます」
場所のことが苦手な人には「ここは○○だよ」と教えてあげるなど、先に情報を与えることが最善だ。
「認知症の方に対しては、不要なクイズを出すよりも、むしろ先に答えを教えてあげるような形でコミュニケーションを進めてください」
不安から起こる症状には安心してもらうことで対策
介護の現場では、認知症患者が不要なものまでパンパンに荷物を詰めて出かけようとしたり、溜め込んだものを捨てられない収集癖で困ったりすることもしばしばあるという。
余計な荷物も取り上げない
あれもこれも、と服を余分にもったり、リモコンやドライヤーなど外出に不要なものまで持ち出そうとしたりするのは、認知症の人が不安から「肌身離さず持っておかなければ」と考えてしまうことが理由だと川畑さんは言う。
そんなとき、「必要ない」と取り上げてしまうのはNG。「大切なものだから、私が預かっておくね」と、本人が納得した上で渡してもらうことが安心につながる。
「あとは、こっそり家に戻しておけば大丈夫。認知症の人は、それが『今』持っていかなければならない大切なものだと考えていますが、しばらくすると忘れてしまうこともよくあります」
収集癖はなるべく見守る
川畑さんによると、収集癖も不安によってあらわれることがある症状の1つで、割り箸や使い捨てスプーン、ティッシュなど、誰かの役に立つと感じるものが集められる傾向にあるという。
「奇怪な行動に見えても、本人には集める理由があります。とがめるよりも、『たくさん集めたね』『これだけあれば安心だね』と受け入れて、そのあとに『なぜ集めているの?』と理由を聞いてみてください」
ティッシュペーパーやトイレットペーパーなどを大量にため込んでいた認知症患者から川畑さんは、オイルショックで紙不足を経験した話や息子が風邪をひきやすく、大量にティッシュを集めた話を聞いたことを教えてくれた。
私たちもつい、使わなかった割り箸やおしぼりを保存してため込んでしまうことがあるだろう。「たくさんあれば安心」「念の為」といった思いが認知症によって加速してしまうことがあるという。しかし、コツコツ、必死に集めたものに対して、叱責したり、勝手に捨てたりするのは逆効果だ。
「意固地になってさらに集めたり、『物盗られ妄想』が起こったり、不安や不満の悪化につながりかねません。危険だったり、不衛生だったりするものでなければ、しばらく見守ってあげるのが、お互いに“晴れ”をつくる原則です」
認知症初期から始まりやすいお金の問題
家の中では問題なく行動している認知症の人でも、買い物や銀行取引など「お金にまつわること」が最初に直面するハードルになることが多いと川畑さん。
「認知症になると、かなり初期の段階から、簡単な計算が苦手になっていきます。『失計算』といって、『計算力』を担当する脳の頭頂葉領域が衰えていくためです。『420円です』と言われても、『100円玉』を4枚、10円玉を2枚』と瞬時に理解することができないのです」
買い物禁止で意欲が低下することも
そうなるとレジでの会計でまごつくようになり、とりあえずお札で払えば大丈夫という考えから、お釣りの小銭で常に財布がパンパンになってしまう人もいる。また、認知症が進行すると、払い忘れで万引きと間違われる、支払いを済ませたことを忘れて二重払いしようとする、といったトラブルが起こることもあるという。
「こうなると家族としては、つい『なにかほしいものがあったら、私に言って』とストップをかけてしまいがちですが、計算が苦手になっても、できれば買い物は、本人にやってもらったほうがいいでしょう。お金を使うこと、ほしいものを自分で買うことは、生活の中の喜び。それを奪ってしまうと意欲が低下したり、それをきっかけに外出をしなくなったりして、生活の質が下がってしまいかねません」
一番いいのは家族が一緒に買い物をすることだが、毎回買い物に付き添うのは難しいのが現実だろう。
「そんなときは、買い物専用の財布を用意して、毎回必要な額のお札を入れてあげるのがおすすめです。買いすぎ防止になるし、万が一落とした時も安心です。よく利用するプリペイドカードに5000円だけ入れておいてあげて、その残高で買い物をするようにしてうまくいったケースもありました。これだと小銭を計算する必要がないので、レジでまごつくこともありません。ただし、レシートなどで、残高の確認だけはサポートしてあげてください」
◆教えてくれたのは:理学療法士・川畑智さん
かわばた・さとし。理学療法士。熊本県認知症予防プログラム開発者。株式会社Re学代表。1979年、宮崎県生まれ。理学療法士として、病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立し、熊本県を拠点に「脳いきいき事業」を展開。さらに、脳活性化ツールの開発に携わったり、講演活動を行ったりしているほか、メディア出演や著作も多数。
◆監修:脳心外科医・内野勝行さん
うちの・かつゆき。脳神経内科医。医療法人社団天照会理事長。金町駅前脳神経内科院長。帝京大学医学部医学科卒業後、都内の神経内科外来や千葉県の療養型病院を経て、現在は金町駅前脳神経内科の院長を務める。脳神経を専門として、これまで約1万人の患者を診てきた経験をもとに、薬物治療だけでなく、栄養指導や介護環境整備、家族のサポートなどを踏まえた積極的な認知症治療を行っている。著書に『1日1杯 脳のおそうじスープ』(アスコム)など。