
希代の歌手が残したフレーズとメロディーは、月日が経っても色あせることはない。だが、生前の輝きの一方で、谷村新司さんの“現在”はひた隠しにされている。国民的歌手を巡る、お墓や遺骨の物語──。【前後編の前編】
日本の音楽界に偉大な足跡を残した谷村新司さんが、2023年10月8日に74才でこの世を去ってから、間もなく2年を迎える。その間、ソロアルバムの復刻盤が発売され、8月末に放送された『24時間テレビ』(日本テレビ系)では、谷村さんと加山雄三(88才)が共同で制作した『サライ』を氷川きよし(48才)がアカペラで独唱し番組のオープニングを彩るなど、谷村さんが生み出した楽曲はいまなお多くの人々に愛され、歌い継がれている。
2023年12月には加山らが発起人となり盛大なお別れの会が開催され、約600人の関係者に加え、2000人のファンが谷村さんを偲んだ。会の最後には参加者全員で谷村さんの名曲『昴-すばる-』を合唱した。谷村さんの功績が燦然と輝く一方、生前の谷村さんと親交のあった音楽関係者からは、今年10月8日の三回忌を控えて複雑な声が聞こえてくる。
「彼が亡くなって、もう2年も経つんですね。谷村さんの“その後”については、ほとんどの人が知らされていないんです。仲のよかった友人でもお墓の場所すらわからない。せめてお線香だけでもと思っているのですが、“お墓参りをしたいのに、どこに行けばいいのかしら”と、嘆いている人もいるんです……」
友人だけではない。谷村さんの親族も、知らされていないという。
「関西地方に住んでいる実のお姉さんをはじめ、谷村家の親族も不可思議に思っているそうです。お姉さんはお墓や遺骨について周囲から聞かれることもあるようですが、“私たちにも知らされていなくて……”と困惑しているようです」(親族の知人)
谷村さんは1971年、堀内孝雄(75才)、矢沢透(76才)とアリスを結成し、翌1972年に『走っておいで恋人よ』でデビュー。『帰らざる日々』『冬の稲妻』『チャンピオン』などのヒット曲を次々と世に送り出し、一時代を築いた。
アリスは1981年に活動停止したが、その後ソロでのシングル『昴』は国内のみならずアジアでも大ヒット。とりわけ中国では空前の人気曲となった。た、楽曲提供の分野においても偉才を発揮し、山口百恵さんが歌った『いい日旅立ち』は、日本のスタンダードナンバーともいえる名曲になった。
2009年にアリスが完全復活し、70才を過ぎても精力的に活動を続けていた谷村さんを異変が襲ったのは2023年3月。急性腸炎の手術を受け療養に入ると、以降別の病気も次々と見つかったという。
「谷村さんは復帰に向けてつらい治療にも前向きに取り組んでいたものの、治療は困難を極め、日を追うごとに回復の可能性が狭まっていったそうです」(芸能関係者)
ただ、療養の過程はほとんど詳らかにされなかった。それは、谷村さんの死後の対応と同様だったようだ。
「谷村さんのお姉さんにも、病状は知らされていなかったそうです。そればかりか、どこの病院に入院しているかさえ、生前は知らなかったといいます」(前出・親族の知人)

谷村さんは復帰することなく、天国へと旅立った。
「お姉さんに谷村さんの奥さんから連絡があったのは、死去当日のすでに危篤状態に陥っていたときだったそうです。通夜・告別式はごくわずかな参列者のみで執り行われ、それには親しい親族は参列できたようですが、初盆や一周忌の法要案内が届くことはなく、三回忌法要の連絡も届いていないといいます」(前出・親族の知人)
谷村さんは大阪出身で、府内の霊園には両親が眠る墓がある。2019年には自身のブログで墓参りしたことをこう報告していた。
《汗だくになりながらお墓のお掃除をして、花を添え、お線香をあげ、この一年の感謝の言葉を伝えてきました。手を合わせた瞬間に曇り空から突然、眩しい日差しが背中に、、いつも見守られていることを感じた瞬間でした》
そう綴った「谷村家之墓」にも、谷村さんの遺骨は納められていない。本誌『女性セブン』は谷村さんの実姉に話を聞いたが、墓や遺骨の所在を知らないことは認めたものの、それ以外のことには口を噤んだ。
谷村さんの人生を語る上で、5才年下の妻・A子さんの存在は欠かせない。
「谷村さんがA子さんと出会ったのは、まだアリスがヒット曲に恵まれていない1975年頃。谷村さんの一目惚れで、出会って1週間後の初めてのデートのときにプロポーズし、それから2年半後に神戸の教会で結婚式を挙げました。結婚翌年には長男、1980年には長女に恵まれました。さらに、A子さんは子育ての傍ら、谷村さんの個人事務所の社長として、長い間彼を支えてきたんです」(芸能関係者)
妻であり母であると同時に、A子さんは名プロデューサーでもあった。公私にわたり谷村さんを支えたA子さんは、谷村さん亡き後も「功績」を守り続けている。今年4月には個人事務所の体制変更が行われ、長年の取締役が辞任したが、彼女は事務所社長として残り、谷村さんの音楽的遺産の管理や版権の取り扱いを担っている。
「谷村さんの“現在”がここまで秘密にされているのには、A子さんの意向が大きいようです。その背景には、複雑な家族事情が影響しているのだと思います」(音楽関係者)
後編記事では、A子さんの意向によって、谷村さんの“現在”がひた隠しにされている背景について、詳報している。
※女性セブン2025年10月9日号