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雅子さま、「講書始の儀」で“居眠り疑惑”出るほどお疲れに 皇室に正月休みはなし、年末年始は恒例行事で大忙し 「昨年の疲れが抜けきっていないのでは」との指摘も 

病気療養に入られてから20年以上が経過したいまも、“体調不安”がくすぶり続ける雅子さま(2026年1月、東京・千代田区。撮影/黒石あみ)
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 明るい日が差し込む、皇居・宮殿「松の間」。宮殿内で最も格調高い空間とされるその部屋は、厳かな空気に包まれていた。講義を行う学者の声だけが響く──そのとき、雅子さまに“異変”が起きていた。【前後編の前編】

 1月9日、皇居で「講書始の儀」が開かれ、天皇皇后両陛下をはじめとする皇族方が出席された。

「講書始の儀とは、両陛下と皇族方が学問の権威から講義を受けられる新春の恒例行事です。毎年、人文科学・社会科学・自然科学の3分野から第一人者が選ばれ、進講者は事前に宮内庁に提出した原稿を読み上げる形で講義を行います」(皇室記者)

 講義は厳粛な雰囲気の中で行われるが、その様子を報じたテレビ各局の映像に映り込んだ雅子さまの様子が、一部の関係者の間で話題になっている。

「報じられた映像の中で、雅子さまは手元の資料をめくって確認したり、うなずいたりしながら解説に耳を傾けていらっしゃいました。しかし映像のカットが切り替わると、雅子さまの頭がこっくり、こっくりと前後に揺れ、だんだんと目が閉じられていくような様子が映し出されたのです。

 この瞬間が切り抜かれ、“居眠りされているのでは”とSNS上で拡散される事態となりました。実際は居眠りをしていたわけではなく、ちょうど資料に目を落とし、深くうなずかれるしぐさが切り取られたようなのですが……」(皇室ジャーナリスト)

 新春に噴出した“居眠り疑惑”。しかし実際に雅子さまはここ最近、かなりお疲れの様子を見せていらっしゃるという。

「雅子さまは分刻みで進行する新年の行事を立派にお務めになりましたが、大勢の目に触れないところでは、表情に疲労の色が濃く浮かんでいるようにお見受けしました」とは、ある宮内庁関係者。

「皇室に正月休みはなく、むしろ通常よりも忙しい。陛下は元日、夜明け前から宮中祭祀に臨まれますが、雅子さまもその間は居住まいを正され、御所内で控えていらっしゃいます。そしてその数時間後には正装に身を包み、新年祝賀の儀にご出席。さらに翌2日には新年一般参賀で、計5回、宮殿のベランダに立たれます。その後も昭和天皇祭など、年頭恒例の行事が続く。お正月は、体を休める暇もないというのが正直なところなのです」

付き添い登校は1年9か月にわたって続いた(2011年6月、東京・港区)
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 こうした新年の過密日程は例年通りであるものの、「ご多忙を極めた昨年のお疲れが抜け切っていないのではないか」と前出の宮内庁関係者は指摘する。

「昨年は戦後80年に際した国内外への“慰霊の旅”に加え、万博やデフリンピックなど、国際的な行事が目白押しでした。雅子さまにとっては例年以上に、国母としての重責を感じられた年だったはずです。

 さらに、以前は難しかった2泊3日の地方公務を2度も行い、一歩進んだ挑戦もされた。こうした奮闘ぶりに、“頑張りすぎでは”という心配の声も上がっていました。新年に目撃されたお疲れは、“燃え尽き”や緊張の反動の体調不良なのではと懸念されているのです」

 激務に追われた昨年、雅子さまの心の支えとなっていたのが、愛子さまの存在だった。

「雅子さまにとって昨年唯一の心残りといえば、5月に四大行幸啓の1つである植樹祭への出席を直前で取りやめられたことでしょう。ご体調の調整に自信を取り戻されてきた矢先のことだっただけに、雅子さまは相当なショックを受けておられたようで、宮内庁内部でも“これを境に崩れていってしまわれるのではないか”と心配の声が上がっていました。当時は10日後に控えた沖縄ご訪問の実現を危惧する声も上がっていたほどです。

 しかし、沖縄には愛子さまの同行が予定されていました。雅子さまは“愛子も行くのだから”と力を振り絞られたのでしょう。無事に沖縄で慰霊に臨まれ、その後、広島、長崎、モンゴルへのご訪問、全国戦没者追悼式へのご出席も果たされました。雅子さまにとって、愛子さまが“精神安定剤”のようになっているのです」(別の宮内庁関係者)

(後編へ続く)

女性セブン2026129日号 

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