
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
* * *
「孫が何者かにやられた! 早く来てくれ」
2004年7月10日午前11時半頃、帰宅した佐藤美代(仮名・73才)は孫の異変に気がつき、119番通報した。
事件が起きたのは茨城県内の静かな住宅街にある、造園業を営む一家の物置でのことだった。この家に住む美代の息子・佐藤雄太さん(仮名・36才)の次男・健太くん(仮名・7才)と三男・翔太くん(仮名・5才)が庭先で遊んでいたところ何者かに物置に連れ込まれ、首を絞められたという。命は取り留めたが、いずれも脳に障害が残る重傷を負った。
その翌日、事件は動き出す。2人の祖母・美代が逮捕されたのだ。
事件当初、美代は「2人が遊んでいるのを見ながら畑に出ていた」と証言。警察は外部からの犯行を視野に入れて捜査を開始したが、意識を取り戻した翔太くんが「ばあちゃんにやられた」と話し、急転直下の逮捕となった。
「近所の住民から“美代は畑仕事などしない”という証言もあり、警察も美代の言い分を不自然だとみていました。2人を襲った動機について、美代は“嫁を困らせようと思った”“殺すつもりはなかった”と殺意を否定しました」(地元紙関係者・以下同)
祖母が孫に手をかけた背景に何があったのか──。
嫁が可愛がっている孫を殺して、悲しい思いをさせたかった
美代は夫とともに雄太さん一家と同居し、7人で暮らしていた。その家庭内では、長年にわたる嫁姑問題があったという。
「美代は、子育ての仕方や家事の分担について同居する嫁の美貴さん(仮名・36才)に強い不満を抱いており、“何年もまともに話をしていない”と知人に漏らしていました。
さらに、美代は初孫である長男の良太くん(仮名・9才)を目に入れても痛くないといった様子でかわいがっていましたが、美貴さんが良太くんに満足に食事を与えず、健太くんらをかわいがっていると思い込み、不満を募らせていたようです。美代は日頃から、“長男以外の孫が懐かない”とこぼしていました」
そんななか、夫や雄太さんの病気や自身の体調不良が重なった美代は精神的に追い詰められていく。次第に美貴さんへの不満が膨れ上がり、事件の1か月前に犯行を考え、最初は美貴さんを狙おうと思ったが「体力的にかなわない」と断念。そこで矛先を向けたのが美貴さんに懐いている下の孫たちだった。
事件当日、美代は物置に健太くんを呼び寄せ、背後から首を絞めた。さらに犯行が発覚するのを恐れ、自宅2階で翔太くんの首を絞めたという。その後、物置に戻り、まだ息のあった健太くんの頭部をスコップで殴るなどした。
「美代は“嫁がいちばんかわいがっている健太くんを殺して、死ぬほど悲しい思いをさせたかった”と供述しました。
判決公判で裁判長は“孫に対する所業とは到底考えられない”と断罪。懲役9年の実刑判決を言い渡しました」
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年9月17日号