
17年の専業主婦生活を経てキャリアに復帰した薄井シンシアさん(64歳)は、2022年秋、63歳で転職しました。外資系ビジネスホテルの日本法人社長から、異業種の外資系企業の社員へ。転職を繰り返すシンシアさんは、「リタイア」についてどう考えているのでしょうか。シンシアさん流、「仕事じまい」を聞きました。
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娘に尊敬されたいから、死ぬまでアップデートし続けたい
価値のある人間で居続けるために、頭や体に限界が来るまで働くつもりです。価値というのは「米国に住む娘にとって」という意味で、他人の目なんかどうでもいい。わかりやすいでしょう?
私は、娘から義理で電話をかけてもらうとか、娘が私を愛する理由が「母親だから」という人間になりたくありません。ひとりの人間として尊敬されたい。だから死ぬまで自分をアップデートし続けます。もし、老後をぼーっと過ごしていたら、娘は「ママだからこそ電話をかけたい」と感じないと思います。
お金の必要性は人生のフェーズで変わる
もちろん、働いてお金をもらうことも大事。ただ、お金は人生のフェーズによって変わります。私が主婦から再就職したばかりのときは時給1300円。「早く年収500万円にしたい」と焦りました。でも、それを達成した途端、たくさん稼いでも使い道がないことに気づきました。

みんな収入が増えると、その分を使ってしまうでしょ? 私は自分の年金が月8万円から10万円だと自覚しているから、収入が増えても無駄遣いをしません。給料のほとんどを貯金してきたから、急な出費への備えも十分にある。年金や生活費などの収支を細かく計算したら、月15万円の収入があれば余裕で暮らせることがわかりました。だから給与が増えても生活は変えないし、足りなければ生活レベルを落とします。
出勤日数や役職を少しずつペースダウン
今日まで働いていて突然、明日から仕事がゼロという引退はしたくありません。たぶん、その時点で人間がダメになってしまう。だから週5日の勤務を週4日に減らしたり、管理職から平社員に役職を下げたりして、少しずつペースダウンをしたいんです。リタイアではなくフェードアウト。日本社会はそういう引退があまり無いので私が実験中。「こういう生き方も、いいんじゃない?」と、そのうち発信するつもりです。
64歳の現在は週5日間働いています。65歳になったとき、会社に退職を迫られるかどうかはわかりません。でも70歳まで働かせてもらえるなら「週4日に減らしてください」とお願いして、働き続けます。今は「65歳を過ぎても会社に必要な人間だ」と思われるために一生懸命働いています。
キャリアアップでなく、キャリアダウンの時代に
みんなキャリアアップをしたがるけれど、「人生100年時代」に大事なのはキャリアダウン。自分の頭と体と相談しながら、少しずつキャリアを減らす方が重要だと思います。そのためにはプライドを捨てて振り出しからスタートする。過去にしばられて、価値観を人に押し付けていては出来ません。
63歳の新入社員は「超お得」
会社の面接を受けたとき、「こんなに低い役職でいいんですか?」と何度も確認されたので、「本当にこれでいいんです」と答えました。会社にとって、これだけの仕事をこなせる人間を低い役職と給料で雇えば「お得」でしょう?

63歳になって外資系企業に就職する人は、ほとんどいません。完全にキャパオーバー。だからこそ私は「63歳を採用したらお得ですよ」と示したい。これまで高い役職で働いていたとしても、その人さえ納得していれば、低い地位で採用すればいいんです。
私は入社時から、会社にはっきりと「昇進するつもりはないし、給料アップもいりません」と伝えています。それで実績を示せば、65歳を過ぎても「お得な人材だ」と思われて、70歳まで雇ってもらえるかもしれないじゃない?
仕事につまずく人はプライドがあり過ぎる
職場の上司は年下が多いので、私のほうが経験豊富です。職場で気になることがあれば「私なら、こういうやり方をしますが、いかがでしょう?」と提案もします。でも私には決定権がないから、提案を拒まれても構いません。上司が「うーーーん」と渋れば、「はい、わかりました」で、おしまい。仕事につまずく人たちはプライドがあり過ぎます。ただの会社員で、社長じゃないんだから、プライドがありすぎる人は、さっさと会社を辞めればいい。
私ぐらいの年齢で「仕事がない、仕事がない」という人もいますが、彼らは、それまでと同じポジションに就こうとするから仕事が見つからない。60代までの経験があって、新入社員の気持ちで働くなら、会社にとって超お得だと思いませんか?
次は空港の警備員をやりたい
最近、私も体力が落ちているなと感じることが増えました。いま社内で私がよく話すのは警備員と、会社に備え付けのお菓子を補充に来る人たち。警備員って、立ったり歩いたりするからか、ほっそりした体形の人が多いんです。いっそ体を動かすことを仕事にしたら、ジムに通うよりも無駄がないかも、と眺めています。
お菓子の補充をする人も、物を持ちながら立ったり、しゃがんだりするので、ほっそりとしています。彼らに「朝の出勤は何時ですか?」「週に何回働いていますか?」と話しかけてばかりいるので、同僚たちは私を不思議な目で見ています。
次の就職先には羽田空港の警備員も、よいかもしれない。私は英語が話せるし、好奇心旺盛なので、場所を尋ねられても、すぐに答えられる自信があります。
◆薄井シンシアさん

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社し、イベントマネジャーとして活躍中。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
●薄井シンシアさん、時給1300円の電話受付をしていた私が“誰もやりたがらない仕事”から“ベストセラー商品”を生み出すまで
●薄井シンシアさんが語る自宅で効率的に働く方法「オフィスと同じ服、化粧」「机もPCも携帯も仕事と分ける」
撮影/黒石あみ 構成/藤森かもめ