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窪田正孝、鬼気迫るリアクションで恐怖へ誘う!齊藤工監督の主演作で体現した「平凡な男」にグイグイ引き込まれる

映画『スイート・マイホーム』場面写真
窪田正孝の演技に注目が集まっている(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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窪田正孝さん(35歳)が主演を務めた映画『スイート・マイホーム』が9月1日より公開中です。俳優の斎藤工さんが“齊藤工”の名義でメガホンを取った本作は、新居を舞台としたホラー映画。幸せな一家が恐怖の渦に飲まれていくさまがスリリングに展開する作品に仕上がっています。本作の見どころや窪田さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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映画監督・齊藤工の長編第2作

本作は、作家の神津凛子さんが2018年に「第13回小説現代新人賞」を受賞した同名小説を齊藤監督が映画化したものです。“斎藤工”として『漂着者』(2021年/テレビ朝日系)や『シン・ウルトラマン』(2022年)、『零落』(2023年)など、数多くの映画やドラマへの出演を重ねてきた齊藤監督による長編映画はこれが第2作目。

映画『スイート・マイホーム』ポスタービジュアル
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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やはり齊藤監督自身が俳優としての経験が豊富だからなのでしょう。倉持裕さんが手がけた脚本の作劇、照明や音響による恐怖演出も素晴らしいのですが、主演の窪田さんをはじめとする俳優陣の演技も非常に優れたものが収められているのです。

窪田正孝が怪異と対峙

物語の舞台は、冬の寒さが厳しい長野。スポーツインストラクターの清沢賢二(窪田)は愛する妻と娘のため、マイホームを手に入れることを決意します。

清沢夫妻が心を奪われたのは、「まほうの家」と謳うモデルハウス。この「まほうの家」とは、たった1台のエアコンだけで家中を暖められる作りになっているのです。

やがて新居が完成し、2人目の娘も生まれた清沢一家は、まさに絵に描いたような幸せな家族。ところがそれからすぐに、この一家の周りで奇妙なことが立て続けに起こるようになります。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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関係者の怪死や失踪――。賢二は家族のため、そして自身のため、この怪異の元凶と対峙することになるのです。

蓮佛美沙子、奈緒、窪塚洋介らがユニークな役どころに

とある幸福な一家が転落していくさまを描いた本作では、手練れのプレイヤーがユニークな役どころに配されています。

賢二の妻・ひとみを演じるのは、『鋼の錬金術師』シリーズ(2017年、2022年)や『天外者』(2019年)、この冬には主演作『女優は泣かない』の公開も控えている蓮佛美沙子さん。怪異によって幸せな妻像が一変していくさまを丹念に演じ上げています。この映画は主人公である賢二の内面の変化に寄り添うように私たち観客が恐怖を体験する作りになっていますが、蓮佛さんが好演する変化の妙が、それをさらに助長するものになっています。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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『マイ・ブロークン・マリコ』(2022年)や主演ドラマ『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系)などの話題作への出演が続く奈緒さんが演じるのは、賢二たちの新居「まほうの家」の営業担当。朗らかなキャラクターが印象的ですが、奈緒さんといえば多くの作品で一筋縄ではいかない役どころを務めている俳優です。その一挙一動から目が離せません。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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賢二の兄である聡役は窪塚洋介さん。彼もまたさまざまなキャラクター性の強い役をものにしてきましたが、今作で演じているのはつねに何者かの視線に怯えて引きこもっている人物です。これは新鮮な役どころであり、多くの観客に驚きをもたらすであろう妙演を刻んでいます。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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さらに、大ベテランの根岸季衣さんが賢二の母を、『偶然と想像』(2021年)や『よだかの片想い』(2022年)など話題作への出演が相次ぐ中島歩さんが賢二と接触する刑事を演じているほか、里々佳さん、松角洋平さんらが物語に起伏を生み出す重要な役どころに。

この中心に立っているのが、主演の窪田正孝さんなのです。

窪田正孝が体現するごく平凡な男性像

窪田さんといえば、現在公開中の『春に散る』、本作『スイート・マイホーム』、そして松岡茉優さんとのダブル主演作『愛にイナズマ』と、この夏から秋にかけて大役を務めた作品の公開が続きます。いまやエンターテインメント界の最前線を走り続けている俳優の一人だといえるでしょう。

『春に散る』では圧倒的な強さを誇るボクサー役で、『愛にイナズマ』ではどこか浮世離れしたところのある青年役。それらに対してこの『スイート・マイホーム』で演じているのは、家族の幸福を望むごく平凡な男性です。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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個性的な役どころにこそ俳優の力量が表れるという見方もあるかもしれませんが、筆者はこの平凡な、私たちが日常的に街角ですれ違っているであろう人物を演じるときにこそ、俳優の力量が問われるものだと思っています。重要なのは、私たちが何かを見聞きしたり感じたりしたときに、思わず取ってしまうリアクションを自然に表現できるかどうかです。

内面の変化をつぶさに表現

本作はホラー映画の側面だけでなくミステリー映画の側面も持っているため、物語の核への言及は避けなければなりませんし、ほんの些細な記述が重大なネタバレにも抵触してしまいかねないため注意が必要。つまりそれだけ、“恐怖”や“謎”の秘密が多く仕掛けられているわけです。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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新居での家族の幸福を望んだだけなのに……。次から次へと起こる怪異に翻弄される窪田さんのリアクションは非常に生々しく、これが私たちを恐怖の時間へと引きずり込みます。

そういったシーンはいくつもあるのですが、少しだけ例を挙げるならば、賢二の周りで起こる事件を捜査する刑事とのやり取りが特に秀逸です。刑事やってきては口にする言葉は、いずれも賢二にとって信じ難いもの。たとえばそれは、思いがけない誰かの死であったりします。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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画面いっぱいに映し出される窪田さんの表情は、視線が固まったり眉間にシワが寄ったりと、一つひとつは小さいけれども情報量が多い。声に関しても同じことで、喉の奥に何かがつかえて出てこないような状態をテクニカルに表現しています。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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たとえば、心霊現象を前にしたときの人間のリアクションというものを、私たちはあまり知らないでしょう。けれども、何かを見聞きして「まさか……!」と驚く際、普段はやらないようなリアクションを人間は取ることがある。窪田さんのリアクションには鬼気迫るものがあり、焦りや不安といったものが内面に生じる瞬間をつぶさに表現してみせているのです。“窪田正孝=賢二”の内面の変化は、観客の一人ひとりに伝染することでしょう。

怪異は私たちの周りにも……

怪異というものは、私たちの周りにもつねに存在しています。それは霊的な現象によるものでしょうか。それとも人間の心というやっかいなものによるものでしょうか。

映画『スイート・マイホーム』場面写真
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
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現実社会では陰惨な事件があとを絶たず、物価の高騰は止まらず、つねに誰かが誰かを妬んだり、ひどく恨んでいたりする。そして、「まさか……!」と思わずにはいられないことが次々に起こります。

このご時世、どんな怪異だって起きます。現れます。気を確かに持たなければなりません……。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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