
岡田将生さん(33歳)と清原果耶さん(21歳)がダブル主演した映画『1秒先の彼』が7月7日より公開中です。『リンダ リンダ リンダ』(2005年)などの山下敦弘監督と、脚本家として数々の名作を生み出してきた宮藤官九郎さんが初タッグを組んだ本作は、いつもタイミングの合わない男女のミラクルなラブストーリー。ユニークなセリフの積み重ねで紡がれる、ハートウォーミングな作品に仕上がっています。本作の見どころや岡田さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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監督・山下敦弘×脚本・宮藤官九郎の初タッグ作!
本作は、2020年に製作された台湾映画『1秒先の彼女』をリメイクしたラブストーリーです。物語の舞台を京都に移し、タイトルが“彼女”から“彼”となっていることから予想できるとおり男女のキャラクターを逆転。周囲よりいつもワンテンポ早い男性と、いつもワンテンポ遅い女性の物語がそれぞれの視点から描かれ、“消えた1日”をめぐる物語が展開していきます。

メガホンを取った山下監督といえば、独特なリズム感のある作品をいくつも発表してきた存在で、脚本を担当しているのは映画化もされたドラマ『木更津キャッツアイ』(2002年/TBS系)や大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019年/NHK総合)などの宮藤さん。それぞれ特有の感性で物語を創出し多くのファンを獲得してきた2人が、ここで初タッグを組んでいるのです。
岡田さんと清原さんという若い才能を主演に迎え、この2人の感性が起こす化学反応――『1秒先の彼』とはまさにそんな作品です。
ワンテンポ早い彼とワンテンポ遅い彼女の、すれ違うラブストーリー
京都の長屋で妹とその彼氏と3人で暮らしているハジメ(岡田)。いつも人よりワンテンポ早い彼は、短距離走ではフライング、記念写真を撮るときにはいつもシャッターチャンスを逃して目を閉じてしまいます。
京都市内の郵便局で働くハジメは、もともとは配達員でしたが現在は窓口業務を担当。信号無視とスピード違反の連続により免許停止処分となっているからです。それほどまでに彼は“ワンテンポ早い”のです。

そんなハジメが働く郵便局に毎日やってくるのが、大学7回生のレイカ(清原)。いつも人よりワンテンポ遅い彼女は、短距離走で笛が鳴っても走り出しに遅れてしまうような人物です。写真部の部室で生活をし、ラジオを聴いて過ごす毎日。彼女は何をするにもとにかく周囲より“ワンテンポ遅い”のです。
ある日、路上ミュージシャンの女性に恋をしたハジメは花火大会に行くデートの約束をするものの、目が覚めるとなぜか翌日に。“1日が消えてしまっている”のです。うろたえ、嘆くハジメ。
やがて彼はとある写真店で、身に覚えのない自分の写真を発見します。しかもなんと、目を見開いている。そうしているうちにハジメは、郵便局のお客さんであるレイカが“消えた1日”の秘密を握っていることに気づくのです――。
優しくおかしい物語を紡ぐ多彩な顔ぶれ
台湾のヒット作のリメイクであり、山下監督と宮藤さんの初タッグ作とあって、優しくおかしい物語を紡ぐのは多彩な顔ぶれとなっています。

主演の1人を務める清原さんは、年齢的にはまだ圧倒的に若手俳優です。けれども、『護られなかった者たちへ』(2021年)や『線は、僕を描く』(2022年)などの大作映画の看板を主要キャストの1人として背負い、朝ドラ『おかえりモネ』(2021年/NHK総合)ではヒロインに。さらには、プライムタイムに放送されたドラマ『ファイトソング』(2022年/TBS)で主演を務めている経験があるからか、すでにベテランのような貫禄を感じさせる俳優でもあります。すべてはキャリアに裏打ちされたものなのでしょう。

今作ではそんな貫禄を抑え込み、素朴な大学生に扮しています。とはいえ、演じるレイカは7回生のマイペースで風変わりな人物。キャラクター設定を活かしつつも微妙なさじ加減の演技で、このレイカという人物像をリアルな存在として立ち上げています。

ハジメの母を羽野晶紀さん、父を加藤雅也さん、妹を片山友希さん、その彼氏をしみけんさんら個性豊かな俳優陣が演じているほか、福室莉音さん、笑福亭笑瓶さん、荒川良々さんが重要人物として登場。それぞれの役どころから物語に彩りを与えています。



そんな作品の中心に清原さんとともに立っているのが、話題作への出演が相次ぐ岡田さんというわけです。
岡田将生の本領が発揮される作品
岡田さんといえば、俳優デビューを果たして間もない頃に、山下監督による青春映画の傑作『天然コケッコー』(2007年)のメインキャストに抜擢され、コメディからサスペンスまで、ありとあらゆる作品に順応しては、エンターテインメント界の最前線を走り続けてきた存在です。そしてその中には宮藤さんが脚本を手がけた作品もあります。そう、今年劇場版も公開される『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)シリーズです。
やはり、監督には監督の方法論があり、脚本家には脚本家のカラーがあるもの。山下監督の作品も宮藤さんの作品も経験したことのある岡田さんは、本作の座長を務める者として申し分ない存在。しかも物語は、“消えた1日”をめぐるミステリアスでユニークなものです。本作は、多様な経験を重ねてきた岡田さんの本領が発揮される作品だと思います。
ハジメ役は岡田将生しか考えられない
ハジメはなかなかにクセのある人物です。ですが、それこそ岡田さんはこれまでに多種多様なクセのあるキャラクターを演じてきました。出演した映画が立て続けに公開された2021年に絞っていえば、『さんかく窓の外側は夜』では除霊師に、『Arc アーク』では不老不死の研究に取り憑かれる男に、国内外で称賛の声を集めた『ドライブ・マイ・カー』では性格に難のある若手俳優を演じ、『CUBE 一度入ったら、最後』では現代社会からはじかれてしまった若者を、そして『聖地X』では口ばかり達者な小説家を演じていました。もちろん、どのキャラクターも多面的であり、ここに記していない一面だって持っています。ただいいたいのは、“岡田将生はクセのあるキャラクターにこそハマる”ということです。

ハジメはいつも一生懸命ですが、周囲よりワンテンポ早いことが原因で空回りしてばかり。それは感情の面でも同じこと。恋をすればすぐに浮き足立ち、1日が消えていることに気づけば困り顔で交番に駆け込みます。そんなどうにも憎めないチャーミングな人物。これを岡田さんは極端なキャラクター化することなく、等身大で演じています。

京都のゆるやかな雰囲気に身を委ねて、豊かな感情を持つハジメを体現する――。これまで挑んできた役によって身につけた各キャラクターの個性を、ごくごく自然に各シーンのハジメの心情に表出させているように感じます。ハジメ役は岡田さんしか考えられないほどです。
早くても遅くても、全然いいのでは?
本作は設定がとてもユニークな作品です。周囲と比べてワンテンポ早い男性とワンテンポ遅い女性が織り成すラブストーリーですから、観ていてクスッとなり、鑑賞後はあたたかな気持ちで満たされることでしょう。
みなさんは周囲と比べて、ワンテンポ早いですか、遅いですか。あるいはもっと早かったり遅かったりするでしょうか。社会の目まぐるしい変化に適応できず、ついつい急ぎ過ぎてしまったり、置いていかれることもあるのではないかと思います。でも、映画館の中で流れる時間は誰にとっても同じです。
早くても遅くても、全然いいのではないかと思います。ただやはり、自分のペースが分からなくなってしまうことは大きな問題。ぜひ映画館に、いまのご自身のペースを確認・調整しに行かれてみてはいかがでしょう。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun