真木よう子さん(41歳)が主演を務めた映画『アンダーカレント』が10月6日より公開中です。『街の上で』(2021年)や『窓辺にて』(2022年)などの話題作を次々に手がける今泉力哉監督の最新作である本作は、銭湯を営む一人の女性の心の機微を丹念に描き出したもの。観る者を湖の底へと誘うような、そんな特別な映画体験をもたらす作品に仕上がっています。本作の見どころや真木さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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真木よう子、今泉力哉監督と初タッグ
本作は、豊田徹也さんによる同名コミックを今泉力哉監督が実写映画化したもの。
今泉監督といえば、次から次へと話題作を生み出す日本映画界のキーパーソン。『愛がなんだ』(2019年)や『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)などの代表作を持ち、今年は『ちひろさん』がNetflixにて独占配信されました。
そんな今泉監督の最新作の主演として迎えられたのが真木よう子さん。自身の心にフタをした女性が、他者との交流によって自らその深部へと触れ、静かに、けれども確実に変化していくさまを体現しています。
この初タッグの実現により、それぞれのキャリアにおける新境地的な作品が誕生しているように感じます。音楽を担当しているのは、細野晴臣さんです。
失踪した夫と、突然やってきた男
物語の舞台はとある銭湯。ここの女主人である関口かなえ(真木)は、夫が失踪してしまい途方に暮れています。彼女にとって夫の不在以上に苦しいのは、それなりに長い年月をともに過ごした人のことを、あまりにも自分が知らなかったという事実です。
そんな中、どうにかかなえは銭湯を再開。そこへ、「働きたい」と謎の男がやってきて、住み込みで働くことに。彼との不思議な共同生活がはじまります。
その一方でかなえは、久々に再会した友人から探偵を紹介され、失踪した夫の行方を探します。やがて彼女は夫の秘密を知っていくことになります。
こうして人々と交流をしていくうちにかなえは、心の深く奥底に閉じ込めていた自身の気持ちに触れるのです。
井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太ら 手練れの俳優陣が織り成す人間ドラマ
本作は人間の「心」にフォーカスした作品ですから、繰り広げられる人間ドラマは非常に繊細です。となれば当然、個々の俳優のパフォーマンスにも繊細さが求められるというもの。手練れの俳優陣によってこの作品の物語は紡がれています。
かなえの前に急に現れる堀隆之という男の役には、井浦新さん。堀は物静かで優しい性格の人間ですが、かなえの元にやってきた理由は不鮮明で、どこかミステリアスなところのある存在。井浦さんが抑えた演技に徹することにより、映画そのものを落ち着かせる役割を担っています。彼の力を借りながら、観客はかなえの心情に寄り添っていくのです。
リリー・フランキーさんが演じるのは、探偵の山崎道夫。自分のペースを守る彼は掴みどころのない存在ですが、独自のユーモアを持った人物でもあります。これはリリーさんの得意とする役どころでもあるでしょう。真木さんとの掛け合いはじつに軽妙。この山崎が人情味のある一面を垣間見せたとき、かなえの表情と声色はふっと柔らかく変化していきます。
そして、かなえの失踪した夫・悟を演じているのが、永山瑛太さん。これまた謎めいた、ミステリアスな役どころです。かなえの回想にたびたび登場し、現在の彼女とはまた違う、過去のかなえ像を真木さんから引き出しています。
さらに、かなえの友人役を江口のりこさんが演じているほか、中村久美さん、康すおんさん、内田理央さんらが、かなえを囲む者たちとして登場します。
この俳優陣が静かに織り成すドラマの中心に立っているのが、主演の真木よう子さんというわけです。