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真木よう子の“表情の力”に息をのむ 映画『アンダーカレント』は新たな代表作に 

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
写真17枚

真木よう子さん(41歳)が主演を務めた映画『アンダーカレント』が10月6日より公開中です。『街の上で』(2021年)や『窓辺にて』(2022年)などの話題作を次々に手がける今泉力哉監督の最新作である本作は、銭湯を営む一人の女性の心の機微を丹念に描き出したもの。観る者を湖の底へと誘うような、そんな特別な映画体験をもたらす作品に仕上がっています。本作の見どころや真木さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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真木よう子、今泉力哉監督と初タッグ

本作は、豊田徹也さんによる同名コミックを今泉力哉監督が実写映画化したもの。

映画『アンダーカレント』ポスタービジュアル
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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今泉監督といえば、次から次へと話題作を生み出す日本映画界のキーパーソン。『愛がなんだ』(2019年)や『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)などの代表作を持ち、今年は『ちひろさん』がNetflixにて独占配信されました。

そんな今泉監督の最新作の主演として迎えられたのが真木よう子さん。自身の心にフタをした女性が、他者との交流によって自らその深部へと触れ、静かに、けれども確実に変化していくさまを体現しています。

この初タッグの実現により、それぞれのキャリアにおける新境地的な作品が誕生しているように感じます。音楽を担当しているのは、細野晴臣さんです。

失踪した夫と、突然やってきた男

物語の舞台はとある銭湯。ここの女主人である関口かなえ(真木)は、夫が失踪してしまい途方に暮れています。彼女にとって夫の不在以上に苦しいのは、それなりに長い年月をともに過ごした人のことを、あまりにも自分が知らなかったという事実です。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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そんな中、どうにかかなえは銭湯を再開。そこへ、「働きたい」と謎の男がやってきて、住み込みで働くことに。彼との不思議な共同生活がはじまります。

その一方でかなえは、久々に再会した友人から探偵を紹介され、失踪した夫の行方を探します。やがて彼女は夫の秘密を知っていくことになります。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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こうして人々と交流をしていくうちにかなえは、心の深く奥底に閉じ込めていた自身の気持ちに触れるのです。

井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太ら 手練れの俳優陣が織り成す人間ドラマ

本作は人間の「心」にフォーカスした作品ですから、繰り広げられる人間ドラマは非常に繊細です。となれば当然、個々の俳優のパフォーマンスにも繊細さが求められるというもの。手練れの俳優陣によってこの作品の物語は紡がれています。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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かなえの前に急に現れる堀隆之という男の役には、井浦新さん。堀は物静かで優しい性格の人間ですが、かなえの元にやってきた理由は不鮮明で、どこかミステリアスなところのある存在。井浦さんが抑えた演技に徹することにより、映画そのものを落ち着かせる役割を担っています。彼の力を借りながら、観客はかなえの心情に寄り添っていくのです。

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(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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リリー・フランキーさんが演じるのは、探偵の山崎道夫。自分のペースを守る彼は掴みどころのない存在ですが、独自のユーモアを持った人物でもあります。これはリリーさんの得意とする役どころでもあるでしょう。真木さんとの掛け合いはじつに軽妙。この山崎が人情味のある一面を垣間見せたとき、かなえの表情と声色はふっと柔らかく変化していきます。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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そして、かなえの失踪した夫・悟を演じているのが、永山瑛太さん。これまた謎めいた、ミステリアスな役どころです。かなえの回想にたびたび登場し、現在の彼女とはまた違う、過去のかなえ像を真木さんから引き出しています。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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さらに、かなえの友人役を江口のりこさんが演じているほか、中村久美さん、康すおんさん、内田理央さんらが、かなえを囲む者たちとして登場します。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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この俳優陣が静かに織り成すドラマの中心に立っているのが、主演の真木よう子さんというわけです。

真木よう子の新たな代表作に

真木さんはこれまでに数多くの映画やドラマに出演し、日本のエンターテインメント界の中核を担ってきました。彼女の代表作は何かと問われれば、あなたは何と答えるでしょうか。

彼女が主演を務め、各話ごとに異なる脚本家や演出家とタッグを組んだ『週刊真木よう子』(2008年/テレビ東京系)、坂本竜馬の妻を演じた大河ドラマ『龍馬伝』(2010年/NHK総合)。あるいは、『最高の離婚』(2013年/フジテレビ系)や『問題のあるレストラン』(2015年/フジテレビ系)も放送当時に大きな話題となりました。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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映画ではやはり、国内外で高く評価された『ゆれる』(2006年)や『さよなら渓谷』(2013年)あたりでしょうか。ともあれ、観客/視聴者それぞれ異なる作品が思い浮かぶと思います。主要キャラクターの一人として出演した『次元大介』の配信も、Amazon Prime Videoにてスタートしたばかりです。

時代劇から“いま”を捉えた現代劇まで、エンタメ色の濃いコメディ作品から、作家性の強いシリアスな作品まで。ジャンルに囚われることなく真木さんは各作品に適応し、パフォーマンスを展開してきました。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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俳優デビューから20年を超えたいま、そして、おそらく多くのかたが彼女の代表作として挙げるであろう『さよなら渓谷』から10年を経たいま、この時代を代表する映画作家である今泉監督と真木さんがタッグを組んだことは必然のように思います。本作は間違いなく、彼女の新たな代表作として語られることでしょう。

表情の力に思わず息を呑む

映画の冒頭では、タイトルである「アンダーカレント」という言葉の意味が示されます。一つは“下層の水流、底流”で、もう一つは“(表面の思想や感情と矛盾する)暗流”というものです。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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人間の心というのは、まさに「水」のようなものではないでしょうか。清らかに流れることがあれば、ときには濁流のようになり、澱んでしまうことだってある。真木さんが演じるかなえの心の奥底にもこの水が流れていて、他者と交流するたびにその状態は変化します。

そしてこのような変化というのは、取り繕おうとして取り繕えるものではないように思います。そのさまを、真木さんは表現してみせているのです。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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いくつかのシーンに見られる彼女の表情には、思わず息を呑んでしまいます。目は虚ろで、全体的に硬直し、まるで魂が抜けてしまったかのよう。フタをしていたはずの感情に思いがけず触れたとき、かなえの魂はいま/ここではないどこかを彷徨っている。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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この表情を目にしたとき、私たち観客は“真木よう子=かなえ”の心に触れることができます。彼女の表情には、そんな力すら感じるのです。

人をわかるってどういうこと?

劇中に「人をわかるってどういうことですか?」という印象的なセリフが登場します。この問いかけそのものが本作の主題であり、ハッとさせられるかたは少なくないことでしょう。筆者もそんな一人です。

映画『アンダーカレント』場面写真
(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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この作品が描いているのは、生きるために嘘をつく人々の物語でもあります。誰だって自分を守るため、心にフタをしていることがあるのではないでしょうか。このフタを外すことができれば、もう少し生きやすくなるかもしれない。そのためには、心を許すことのできる他者の存在が必要です。

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(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会
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SNSなどにより、簡単に他者のことを理解した気分になれてしまうこの時代。鑑賞後、湖の底へと沈んでいくような余韻の中、「人をわかるってどういうことですか?」という言葉が何度も脳内で反響します。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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