林遣都はなぜこうも愛されるのか?
林さんといえば、映画『バッテリー』(2007年)で俳優デビューを果たして以降、つねにエンタメ界の中心に立ち続けてきた存在ではないでしょうか。
映画、ドラマ、演劇にとバランスよく活動を展開し、近年の代表作には『おっさんずラブ』シリーズ(2018年~)や朝ドラ『スカーレット』(2019年/NHK総合)、『初恋の悪魔』(2022年)、『犬部!』(2021年)、『護られなかった者たちへ』(2021年)などがあります。
主役として作品の看板を背負うことがあれば、脇に回って作品のクオリティを底上げするような役割も担う。いまではその存在を見かけない日がほとんどない俳優の一人だといえるでしょう。
そんな彼は本作でもベストパフォーマンスを披露。いまのこの社会を生きる私たちを象徴するような存在を、そのすべてをかけて体現しているように思います。
かなりの技巧派だと再認識
映画の公式サイトに掲載されている林さんのコメントには「今の厳しい世の中に翻弄されながら常に何かと何かのはざまで苦しんでいる、そんな精神的にしんどい役どころでした。僕自身も撮影中追い込まれる瞬間や苦しい場面がたくさんあった」と述べています。
私たちの誰もがコロナ禍など、物事の価値観が一変する事態に直面しました。そこでは名前も知らない顔もよく見えない誰かを疑ってしまう瞬間が多々あったのではないでしょうか。
林さんが体現しているのはまさにこの姿。恋心や疑念、自身の社会的な立場などに板挟みになりながら、それでも他者と関わりを持とうという人物を作り上げています。彼が演じる笹の言動に触れていると、誰だって思わず胸が苦しくなることでしょう。めまぐるしく変化するその内面が、手に取るように分かるのです。
林さんのパフォーマンスのすごさは繊細な部分だけではありません。笹という人間は、実際にXと交流を持つ瞬間がやってきます。それは主に彼の身体的なパフォーマンスによって表現されています。未知なる存在に触れたとき、私たちはどうなるのか――。
林さんはまるで強い電流を受け取ったかのような演技をします。彼の身体的なパフォーマンスによって、私たちは笹とXとの交流に立ち会うのです。映像なのですから特殊効果によって表現することもできるのでしょう。ですが林さんはその身ひとつで、異世界との交流を私たちの前に提示してみせるのです。
かねてより技巧派な俳優だと認識していましたが、誰もがそれを強く再認識するに違いありません。
“心の交流”が大切
さまざまなジャンルを横断しながら描かれる本作ですが、そのテーマは極めて現代的で身近なもの。私たちはコロナ禍という大きな時代の転換期を経て、いまを生きています。
この数年、誰かが誰かを排除したり、根拠のない噂に踊らされている瞬間に何度出くわしたことでしょうか。
社会でどんな騒ぎが起きても、良子は自分の生活を大切にします。笹はそんな彼女の生きかたに触れ、心を揺さぶられます。
生きていくためにはいかに情報をキャッチするかが大切。けれども特別な存在を前にしたとき、それ以上に大切なことがあるのだと本作を観て思わされます。私たちにはもっともっと、“心の交流”が大切なのではないでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun