
日課に運動をかかさず、健康増進をすすめる活動も行っている女優の秋野暢子さん(67歳)。明るいキャラクターで大病とは無縁のイメージだったが、2022年7月に食道がんだと公表した。がんの前兆や治療方針の葛藤などについて話を聞いた。
14kgダイエットで体を壊してから健康を意識するように
秋野さんは、ヨガ、ストレッチ、呼吸法、料理など、さまざまなアプローチでダイエットや健康にかかわる本を多数出版し、健康マニアとしても知られている。健康を強く意識するようになったのは、出演したドラマがきっかけだった。

「1978年放送のドラマ『赤い激突』(TBS系)でバレリーナ役を演じたのですが、2か月で14kg減量することになったんです。無理なダイエットをして体を壊してから、体づくりに関心を持ちました」

宇津井健さんのストイックな姿に影響
このドラマで共演した宇津井健さん(享年82)のストイックな姿にも影響を受けた。
「宇津井さんは太りやすい体質だったそうで、炭水化物はお正月に少しだけ許し、あとは口にしないと決めていたそうです。だからドラマの食事のシーンは、大根おろしをご飯のようにして召し上がっていた。当時は今よりも映像が荒いフィルムだったので、そんなこともできたんですね。
19歳の私はその姿を拝見して、自分を律する強さを学ばせていただきました。私たちの仕事は体が資本ですから、体形や体調をコントロールするのはとても大事なことだと思っています。
体づくり以外にも、先輩方にいろんなことを教えていただきました。三國連太郎さん(享年90)にはヒール役を演じる覚悟についてお聞きしましたし、竜雷太さん(84歳)には役者として、そして人間としてどうあるべきかを説かれました。みなさん厳しくも優しく、私を育ててくださいました」

ステージ3の食道がんが見つかるも、病名が判明してほっとした
幅広い役を演じ分ける実力派女優として活躍する一方、健康管理の知識を生かした講演活動も行っていた秋野さんが、体調の異変を感じたのは2021年12月のことだった。

「喉にコロコロするものがあるなと気づいたんです。耳鼻科に行ったり、血液検査をしたりと調べてはいたのですが、異常は見つかりませんでした。その1か月前に人間ドックを受けたばかりだったので、まさかがんだとは思わず……。
自律神経の乱れの可能性があったので、整体に行ったり鍼を打ったりしているうちに半年が経ち、喉の違和感がどんどんひどくなって、これはおかしいと内視鏡検査をしたら、食道がんが見つかったんです」
「がんの場所が悪かった」
人間ドックでも内視鏡検査を受けていた。それで見つからなかったのは、「がんの場所が悪かった」と秋野さんは説明する。
「がんができた場所が、内視鏡を食道に入れていくときに、グイッと押し込む所らしいんです。だから、カメラが通り過ぎてしまった。ゆっくり抜いてくるときによく見ていないと気づけないそうです。
だから、私からアドバイスするとしたら、内視鏡をするときには先生に“食道もよく見てください”とお願いすることでしょうか。内視鏡検査って基本は胃をチェックするので、食道は見落としてしまうこともあるのでしょうね。それから、おかしいなと思ったら、異常がある場所の専門医に診ていただくと安心です。
人間ドックでは腫瘍マーカー検査も受けていましたが、それも正常値だったんです」
6か月もの間、“謎の喉の異物”に悩まされて、2022年6月にステージ3の頸部食道がんだと診断された。
「病名がわかったので、正直ほっとしました。これでやっと治療ができるって。ドラマではがんだと告知されて、ショックを受けて先生の言ってることも耳に入らず、どうやって家に帰ったのか覚えてない、みたいなシーンがあるじゃないですか。そういうものは一切ありません。判明してよかったと思いましたね」

生存率が5%下がっても、声帯を残す選択をした
医師からは2つの治療法を提案された。1つは声帯と食道をすべて取り去り、胃を引っ張り上げて食道を再建する手術。もう1つは抗がん剤と放射線照射を合わせて行う「化学放射線療法」だ。
「先生からは手術でがんを除去したほうが、再発リスクを抑えられるとすすめられましたが、声帯を取ると声を出すことができなくなります。化学放射線療法なら体を切らなくてもすみますが、生存率が5%ほど下がるそうです。持ち帰って、一晩考えることにしました。ステージ3なので、速やかに治療方針を決めなければいけなかったんです」
姪は「手術してほしい」と泣いた
秋野さんはすぐに頭を切り替えて治療法を検討し始めたが、身内はそうはいかなかった。

「マネジャーでもある姪は、手術をしてほしいと泣いていました。娘は“ママの人生だから、ママが決めて”と言ってましたね。その日は一晩中、どうしようかと考えました。
私は女優ですから、手術をして声帯をなくすと仕事を失います。首の中央に穴をあけて気管孔を作ることになるので、お風呂に肩まで浸かれなくなりますし、水泳もできません。それに、ニオイもわからなくなるんですって。すると、食べ物の味もわからなくなるなど、QOLが落ちます。
それを考えると、たとえ寿命が短くなったとしても、今の生活が維持できた方が絶対いい。そう決断して先生に“化学放射線療法にかけてみます”と伝えると、5年生存率は約30%だと言われました。その時も、10人中3人生存するなら、私はその3人に入るはず、とポジティブに考えられたんです」
秋野さんはその後食道に見つかった9つのがんを含めて、現在は全て取り除かれている。

◆女優・秋野暢子さん
1957年1月18日生まれ。大阪府出身。1974年にテレビドラマデビューし、翌年NHK連続テレビ小説『おはようさん』で主演。1986年、映画『片翼だけの天使』でキネマ旬報主演女優賞受賞。2022年6月にステージ3の頸部食道がんが判明、主な治療は成功してがんサバイバーに。舞台、バラエティ、執筆、講演など、幅広く活動している。https://ameblo.jp/yokosmilerun/
取材・文/小山内麗香