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【骨になるまで・日本の火葬秘史】火葬はビジネスか、公共インフラか

2008年公開の映画『おくりびと』は社会現象に(PH/アフロ)
2008年公開の映画『おくりびと』は社会現象に(写真/アフロ)
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【女性セブン連載『骨になるまで 日本火葬秘史』第8回】創業者の“昭和の怪商”櫻井義晃のもと、戦後復興の波に乗ってあらゆる業種に触手を伸ばした廣済堂グループ。東京で火葬場経営をする「東京博善」も傘下に収めるが、成功の先にあったのは、櫻井の死とそれに伴い発生した起業家や投資家たちによる「金の卵」の争奪戦だった。ジャーナリストの伊藤博敏氏がリポートする。

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2004年に櫻井が死去した後、最も早く廣済堂に襲いかかったのは、大手旅行代理店「エイチ・アイ・エス」(HIS)を率いる澤田秀雄だった。2006年2月、櫻井の娘から廣済堂の20.4%の株式を譲渡され、筆頭株主となる。

澤田は海外旅行好きが高じてHISを創業したベンチャー経営者。投資意欲も旺盛で、買収先として廣済堂に“割安感”を感じていた。その理由は、新規参入がほぼ不可能な都内の火葬業を独占する唯一の民間企業の東京博善を傘下に持つことにあった。高齢化の果てに訪れる「多死社会」において、火葬が今後さらに大きな需要を得る。

とはいえ、当時の廣済堂には“櫻井イズム”を受け継いだ会長の平本一方が目を光らせており、「人の家に挨拶もなしに土足で上がり込んだ」と、HISの買い占めに怒り心頭で、買収には至らなかった。HISを含む廣済堂の争奪戦は、平本の死去(2013年)、櫻井の子飼いの長代厚生社長の退任(2016年)まで持ち越された。

退任後、まず米投資ファンド「ベインキャピタル」が買収に動く。その中心にいたのは2018年6月に廣済堂社長に就任した土井常由だった。ベインは2019年1月、廣済堂に対してTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。土井らの要請に基づくMBO(経営陣による買収)の一環である。土井の狙いは「廣済堂の株式非公開化で買収攻勢を防ぎ、経営権を確保しつつ構造改革を迅速に進める」というものだった。

TOB価格は、直前の株価より44%高い610円。ただし、それでも1株当たり純資産(1114円)の半値に近い。

それだけに「あり得ない」と異議を突きつけ、猛烈な勢いで買い占めに走ったのが、「村上ファンド」の創設者であり、“物言う株主”として阪神電鉄やニッポン放送など名だたる企業の株を買い占め、経営刷新を迫り経済界に旋風を巻き起こしてきた村上世彰だった。廣済堂の既存株主でもあった村上は2019年2月1日までに9.55%を持つ大株主となり、3月に入ると1株750円の値段をつけ、対抗TOBを実施。“敵対的買収”を仕掛ける形となった。

しかしベインキャピタルのTOBも、村上のTOBも、株の買い付けへの応募数が足りず、不成立に終わり、2019年6月の株主総会で土井が社長を退任。新社長には常務だった根岸千尋が就き、株をとりまく状況も再び動き始める。

HIS澤田が保有する全株(12.41%)を売却したのが、家電量販店「ラオックス」の社長で中国人観光客の爆買いブームの仕掛人として知られる羅怡文の関連会社だった。櫻井夫人も「国籍は中国でも約30年、日本で活躍、人格識見に優れている方」と評し羅の関連会社に保有株の半数を売却。そうして羅が筆頭株主として経営権を握ると、中国最大手の保険会社「中国平安保険」も出資した。

一方で村上世彰の株は、麻生太郎自民党副総裁の甥・麻生巌が率いる「麻生グループ」が取得。買い進めていた分と合わせ20%を超えるも、その後、一部を売却し羅に経営を委ねた形となった。

羅が廣済堂、そして東京博善を傘下に入れたことで「いずれは火葬化が進む中国市場への進出を狙ったものではないか」などさまざまな風評が流れたが、羅の主張はシンプルだ。上海出身で1989年に来日後、中国語新聞「中国導報」を立ち上げ、事業の幅を広げていった羅が、廣済堂の購入動機を語る。

「買ったのは経済合理性によるものです。単純に株価が安く、いい投資先でした。東京博善もいい会社ですが、私は広済堂(ホールディングス)の経営者(今年6月から代表取締役会長)であり、火葬に依存しないビジネスモデルを考えています。もちろん中国の火葬市場なんて考えてもいない(笑い)」

持ち主を新たにした廣済堂がまず行ったのは東京博善の「100%子会社化」だった。「宗教経営」の名残で、廣済堂は東京博善の株の60%以上を持つ支配株主ではあったが、残りは寺院や僧侶が保有しており、廣済堂の自由な運営を阻む理由となっていた。そこで廣済堂は少数株主から強制的に株式を買い取る「スクイーズアウト」を実施し、2020年1月、東京博善は100%子会社となった。

加えて2021年10月には廣済堂も「広済堂ホールディングス」と社名を変更。旧時代の名残はほぼ払拭されたといえるだろう。

弔い業の印象をがらりと変えた『おくりびと』ブーム

東京博善が新生・廣済堂の完全子会社となり、宗教色が薄れ「普通の会社化」が進むとともに、世の中に根強かった火葬業に伴うタブー意識も薄れていく。

歴代の社長が火葬場の差別環境を憂い、かつて櫻井が「社員が胸を張って誇れるような会社に」と語ったように、古来より「死」を「穢れ」と見なす「死穢」の払拭は容易ではなかった。東京博善元幹部によれば「部下の結婚式で火葬場勤務を明かすことすらタブーの時代が長く続いた」という。

約20年前、20代半ばで中途入社した幹部社員が変化を語る。

「入社当時、付き合っていた彼女のお父さんには、『別にいいけど、何でそこ入ったの?』と嫌な顔をされました。いまは新卒採用が多く、新入社員は『葬儀のときの対応がよかったから』とか、『人の役に立つ仕事だから』と前向きで、意欲的な動機で入ってきます。ただ、入社に際して『ご家族に確認してください』と、そこは念を押しています」

葬儀業界の人間が口を揃えるのは、2008年公開の映画『おくりびと』の影響だ。米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した本作品は、本木雅弘演じる納棺師が「死にまつわる仕事」を嫌う妻とともに人間として成長しながら、仕事に誇りを抱いていく姿を描き、弔いに関する仕事は「人の最期を見送る必要不可欠な職業」として認知度が上がった。

火葬業への偏見が払拭されつつある一方で「普通の会社化」により、東京博善は上場企業の傘下企業として収益力向上に努めねばならなくなった。そこでまず始めたのは火葬料金の値上げである。

職員への「心付け」の慣習を廃止した

2021年1月、一般向けの最も安い「最上等」の大人料金を5万9000円から一挙に3割増しの7万5000円と改定した。

加えて行われたのがガス・電気代の値上げに燃料代をスライドして徴収する燃料費特別付加火葬料、いわゆる燃料サーチャージの導入だ。2022年6月より、7600円で導入され、最終的に1万2200円までつり上がった。直近では今年6月、「最上等」の料金が9万円に増額された。同時に燃料サーチャージが廃止されたため実質的な値上げは2800円だが、4年間で約52%の増額だ。

並行して着手したのは葬儀業への進出である。廣済堂は経営多角化の一環として2020年に子会社の葬儀会社「広済堂ライフウェル」を、2022年に大手葬儀会社の燦ホールディングスと合弁で「グランセレモ東京」を立ち上げた。値上げと同様、「普通の会社」としての収益を上げる施策だったが、葬儀業界からは、「自分たちの仕事を奪う所業」と反発の声が上がった。

その一方で100%子会社化と値上げを機に「因習」といって差し支えない「心付け」の廃止も行われた。心付けとは火葬炉を扱う職員、炉前の職員、霊柩車の運転手などそれぞれの役割と火葬炉の等級によって3000円、5000円、1万円が渡される慣習であり、葬儀が僧侶への「お布施」を含め、定価のない謝礼と善意で成り立っていた時代の名残だった。火葬場職員の給与を「心付け」で穴埋めする意図もあったが、いつの間にか給与の倍、あるいはそれ以上となって社会常識から逸脱するような歪んだ給与体系を生む結果となった。

羅氏(写真右端)は「爆買い」で2015年の流行語大賞にも選出された(PH/サンケイ)
羅氏(写真右端)は「爆買い」で2015年の流行語大賞にも選出された
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火葬場は本来、社会インフラの一部

あらゆる手段で収益の最大化を図った東京博善だが、そのスタンスは法律や国の方針とは相反するものでもあった。昭和23(1948)年に施行された「墓地、埋葬等に関する法律」(墓埋法)の第一条は、《火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他の公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする》と定めている。また厚労省は火葬場の経営主体が「原則として市町村等の地方公共団体でなければならず、その他は宗教法人、公益法人等に限る」という通達を何度も出している。そうした中で東京博善が黙認されているのは法規制が敷かれる前の創業だったためだが、必要以上の収益化が歓迎されないのは明白だ。

東京博善との交渉窓口でもある濱名雅一・東京都葬祭業協同組合理事長の次の言葉は、業界の意見を代表するものだと言える。

「火葬場は社会インフラの一部なんです。本来であれば公共事業として地方公共団体がもっと安価かもしくは無料でやるもの。営利企業が社会インフラの利用料を自身の都合で変えることはあってはならないでしょう」

葬儀業界も東京博善が火葬業に徹している間は「共存共栄」を認めてきた。だが、慣習だった「料金改定の事前の話し合い」は一方的な「通告」となり、葬儀業にも進出を始めたとなれば相互扶助の精神を持ち続けることは難しい。

「100%子会社になる前は東京博善と価格も含めた交渉の場を持っていました。いまは聞き置くだけの『ガス抜きの場』です。さらに葬儀業への進出。葬儀業を営むこと自体は問題ではありません。しかし火葬場という公共事業に相当する施設を、優先的かつ利益追求の手段として使うのは問題ではないでしょうか」(濱名)

東京で89年にわたり葬儀業を営む佐藤葬祭の佐藤信顕は、登録者数も多い「葬儀葬式ch」を持つユーチューバーとしても知られる。歯に衣着せぬ物言いで人気が高く、東京博善批判も容赦ない。

「(23区内の火葬の)7割を独占していて、価格決定を含め独占禁止法違反は明らかでしょう。でもその状態を放置していた行政の責任もあって公取(公正取引委員会)はなかなか問題にしない。骨壺の抱き合わせ販売とか優越的地位を乱用した燃料サーチャージとか、指摘すべき点はたくさんあるんですけどね」

東京博善が運営する斎場では僧侶の着替え場所を用意せず、休憩室をパーティションで区切り使わせるなどして、その配慮のなさがお寺関係の反発を生んだことがある、とも佐藤は言う。東京博善は骨壺持ち込みの葬儀会社に不利な扱いはしておらず、僧侶控室を設けるなど環境を改善していると説明するが、佐藤は「そうした数々の問題解消には自治体や宗教法人が、規模が小さくとも火葬場を作っていくしかない」と断言する。

葬儀業界との関係が完全にこじれた東京博善で矢面に立っているのは社長の和田翔雄である。社員の平均年齢が45才の東京博善で39才と若い。早稲田大学を出て、将来マーケットが伸びて外資が入ってこない分野ということで葬儀業界を選択し、老舗のアルファクラブに入社した。その後同社がネットで葬儀仲介を展開するサービス「小さなお葬式」を運営するユニクエストを買収したことでユニクエストの役員となる。一昨年、同社を退任後、東京博善からオファーを受けて入社し、昨年6月の株主総会で社長に就いた。

業界への志望動機もネット仲介業出身という経歴も、まさに「新世代」だ。ただ収益確保の使命を与えられ、僧侶と葬儀業界と火葬場の長年の予定調和を壊しながら、顧客でもある葬儀業界との関係改善を図らなければならない難しい立場である。和田が胸中を明かす。

「火葬インフラの使命を今後も安定的に果たすためには、大規模修繕などを想定しなければならず、そのための値上げでもあります。民間企業として税金補助を一切受けず、一方で『東京博善があるから火葬は大丈夫』と都民の方に思って頂ける存在でありたい」

広済堂ホールディングス社長として各斎場の式場を急増させ、2024年3月期の営業利益を約52億円に高めた黒澤洋史は、6月の株主総会で退任した。新社長には三菱UFJ銀行出身でベンチャー投資を数多く手掛けた経験もある前川雅彦(46才)が就任。代表取締役会長の羅が新体制の狙いを明かす。

「東京博善の収益性を生かしながらも社会性、公益性を満たす存在でなくてはなりません。前川はいろんな経験を積んでいるが助走期間が必要で、それで私が代表権を持ちました。(金融の)SBIグループの出資を受け、シニアへの金融ビジネス、財務コンサルタントへの進出なども考えています。

もちろん火葬は独占の弊害があってはならず、火葬場の新設計画があれば、むしろ支援して切磋琢磨したいぐらいです」

公共インフラとしての公益性を満たしつつ、上場企業としての収益性を確保する――。今後も厳しい道のりであるのは疑いない。

【プロフィール】
伊藤博敏(いとう・ひろとし)/ジャーナリスト 1955年、福岡県生まれ。編集プロダクション勤務を経て、1984年よりフリーに。経済事件をはじめとしたノンフィクション分野における圧倒的な取材力に定評がある。『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』(小学館)、『同和のドン 上田藤兵衞 「人権」と「暴力」の戦後史』(講談社)など著書多数。

(文中敬称略)

※女性セブン2024年9月5日号

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