17年の専業主婦を経て、日本法人の社長までキャリアを築いた薄井シンシアさんと、赤坂で昼スナック「ひきだし」を営み、ミドル世代のキャリア支援のプロでもある紫乃ママこと木下紫乃さん。「ミドル世代が手放すもの、捨てたくないもの」をテーマにした対談の2回目は、「我慢」「評価」「お金」について。「裏方」の編集部メンバーまで聞き手に参戦。語り合いは熱を帯び、人生の後半を軽やかに生きるヒントが見えてきました。
紫乃ママ「我慢をやめよう。そうすれば嫉妬しない」
――ミドル世代が手放した方がいいものは?(編集部)
紫乃ママ:我慢かな。職場に「自分勝手に働く人が許せない人」って言う人、結構いるじゃないですか? 自分が我慢ばっかりしてると、我慢していない人を許せなくなる。「それなら、あなたも自由にすればいいじゃん」と私は思うけど、「勇気がない」「否定されたら嫌だ」「周りに申し訳ない」という。嫉妬する人の一番の処方箋は、自分の我慢を減らすことだと思います。
シンシアさん:私は目的達成のために、我慢も必要だと思います。私が52歳で再就職した時は時給1300円のパートしかありませんでした。でも最近、50代の駐在妻が外資系の金融会社に就職しました。それを聞いて鳥肌が立つほど嬉しかった反面、もう少し後に生まれていたらな…と悔しさも感じました。でも、私はタイムオーバーだから、どう頑張っても彼女たちが得るものは手に入らない。それなら自分の力をすべて彼女たちに渡して目標を達成してもらいたい。でも、今の女性リーダーたちは、自分を知らない人には手も差し伸べません。なぜ、そんなに余裕がないのですか?
紫乃ママ:自分のことで精一杯なんでしょうね。
シンシアさん「女性リーダーの会でしつこく嫉妬された」
シンシアさん:10年前に女性リーダーたちの会に招かれて、専業主婦から再就職した話をしました。その時、最初に来た質問が「私も専業主婦になっていたら、娘がハーバード大学に行けたんでしょうね」でした。
紫乃ママ:すごいマウンティングですね。
シンシアさん:当時、「マウンティング」という言葉はなかったけど、これは質問ではないでしょう? 次の質問は「それだけ子どもと仲が良いと、子どもが親離れできないでしょう?」でした。
紫乃ママ:完全にディスられてますね。
シンシアさん:当時、娘はマサチューセッツ州の最高裁で働いていたから「親離れはできているんじゃないですか?」と答えました。最後の質問は「そこまで優秀だと、なかなか結婚できないでしょう?」です。
紫乃ママ:そんなこと言うの?
シンシアさん:娘は27歳で結婚しています。彼女たちの発言を聞いて「嫉妬する嫌な女たちだな。絶対にこの女たちみたいになるもんか」と思いました。
いま50代の女性が活躍する話を聞くと、どこかで悔しい。でも、その気持ちを嫉妬にだけはするまい。あんな人たちには絶対になるまいと思っています。
シンシアさん「この人たちとは関わらなくていいや、と思った」
紫乃ママ:私はあまり嫉妬ってないんですよ。リーダーは、しんどいに決まっているじゃないですか。キラキラしていなきゃいけないし。世間から注目されて収入も多いかもしれないけれど、それで失っているものも絶対にあるはず。人の欲しいものと私の欲しいものは違うから、まったく羨ましくないとまでは言わないけれど、「その人にはそういう生き方があるんだろうな。私とは別だな」と思います。
シンシアさん:私も彼女たちはなんとも思わないけれど、子どもの話は許せませんでした。シングルマザーは絶対にそんなことを言いません。文句を言うのは、仕事か主婦かの選択肢を選んだ人です。女性リーダーになった人と正反対の選択をした私が、彼女たちと同じものを手に入れたから許せないのだと思います。それ以降は「この人たちとは関わらなくていいや」と思って参加していません。彼女たちは今もメディアに出ているけれど、話すことと、本人の行動がまったく逆だなと感じます。
紫乃ママ:いいですよ、関わらなくて。
紫乃ママ「人に評価されたい人生って、なに?」
――紫乃ママは「どこに出しても恥ずかしい人生」と話していますが、恥ずかしくない人生を送りたい人が多いのでは?
紫乃ママ:それは、人に評価されたい人生ということ?
――人生に失敗したくない。
紫乃ママ:失敗ってなんですか? 失敗してるってことは挑戦してるってことでしょ。挑戦はすべて話のネタになると思うんだけど。
シンシアさん:失敗したくないというより、安定ばかり求める。
紫乃ママ:確かに、人に非難されない人生を送りたい人はいますよね。その「人」も決まった相手ではなくて、「これぐらいの人生なら誰も文句を言われないだろう」って。
シンシアさん:それじゃあ、みんな横並びじゃん。
シンシアさん「SNSで、まったく関係ない人に誹謗中傷されても…」
紫乃ママ:みんな他人の目を気にして生きている。私にだって「この人にだけは嫌われたくない。信頼されたい」という人はいますよ。でもそんなのは2、3人で、あとはどうでもいい。私と関係ないし、人生の責任を取ってくれるわけでもありません。「他人」や「世間」ってなると全体じゃないですか。そんなことを気にしていたら、何もできなくなりませんか?
シンシアさん:X(旧Twitter)で、匿名なのに責任を取ろうとしない人もいます。匿名なのに本当のことを言わず、炎上すると削除する。「匿名なのにブロックしてアホか?」と思います。
紫乃ママ:私はSNSなんて虚構だし、書かれていることが真実かどうかや、書いた人が誰かはわからないと思っています。そんなことを気にし始めたら、何もできない。ほぼ落書きみたいなもんだと思っています。
シンシアさん:私は誹謗中傷をされますが、まったく関係ない人に誹謗中傷されても…と思います。
紫乃ママ:知り合いならまだしも、と思いますよね。引いて見ると、多くの人がすごく我慢をして生きているんだと思います。
紫乃ママ「お金はすごく欲しいとは思わない」
シンシアさん:お金については、どう考えていますか?
紫乃ママ:すごくたくさん欲しいとは思いません。 やりたいことが、ふわっと見えてきた時に、やりくりして実現できる程度のお金があればいい。
シンシア:65歳以降のお金の運用は、どうですか?
紫乃ママ:ちょこっとした蓄えはあります。ちょこちょこ働き続けて、蓄えは何かあった時に使おうと思っています。
シンシアさん:その蓄えは十分にある?
紫乃ママ:長生きしたら、十分とは言えないかもしれない。
シンシアさん:私はすごく徹底しています。年金定期便の知らせが来ると、必ず見ます。
紫乃ママ:私も見ます。「ああ、これだと足りないな」と思いつつ。
シンシアさん「96歳まで貯金を崩して暮らせるけど…」
シンシアさん:日本人と外国人のファイナンシャルリテラシーの違いかもしれないけれど、私は50歳の頃から、アメリカのコンピューターソフトに条件や貯金額を入力して、貯金が何歳までもつのかをシミュレーションしています。今のところ、働かずに貯金を崩して暮らしても96歳まではもつ。100歳以降はどうしよう?と考えていたら、娘が「そこまで生きていたら、私が払うよ」と言いました。でもマンションを売り飛ばせば、もう少し上限が伸ばせます。私はそこまで計算しないと安心できません。
紫乃ママ:そのベースがあれば、何でもできますね。
シンシアさん:60歳の時にそれがわかって「これからはお金のために働かなくていい」と自由になりました。ただ、お金のために働かない仕事って、ある意味ではつまらないんだよね。
紫乃ママ:シンシアさん的には、そうなんですね。
シンシアさん:いや一般的に。
紫乃ママ:お金のためじゃなくても楽しいことは、たくさんありますよ。
シンシアさん:そうね。ただ、介護が必要な時が来たら、迷惑するのはうちの娘なのよ。
◆薄井シンシアさん
1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社。65歳からはGIVEのフェーズに。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
◆木下紫乃さん
和歌山県出身。慶應義塾大学卒業後、リクルート入社。数社の転職を経て、45歳で大学院に入学。2016年に中高年のキャリアデザイン支援の人材育成会社「ヒキダシ」を設立。2017年、東京・麻布十番に週1回営業する「スナックひきだし」を開店し、2020年に赤坂へ移転。スナックのママとして、のべ3000人以上の人生相談を聞く傍ら、55歳で社会福祉士の資格を取得。現在は毎週木曜日14時〜18時に在店。離婚2回、家出2回、再婚3回。キャッチフレーズは「どこに出しても恥ずかしい人生」。近著に『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』(日経BP)。@Shinochan6809
撮影/小山志麻 構成/藤森かもめ