心臓よりも多くの神経細胞を持ち、生命維持の根幹を担っている腸は「第2の脳」と呼ばれるほど重要な臓器だ。その中で暮らす微生物の中には、まるでパニック映画のように増殖し、身も心も「ゾンビ化」させる、恐ろしい「カビ」が潜んでいるかもしれない──。医師が解説する「腸カビ」と「ゾンビ腸」の実態とは?
腸に「カビが生える」とは?
健康の要を担う腸のため、便秘解消や整腸を目的とした腸活はいまや日常化した。特に女性の場合、ホルモンの影響や過度なダイエットなどで栄養が不足して「便秘」に悩む人は多く、「女性のおよそ3人に1人」が苦しんでいるというデータもある。女性のがんにおける死亡数の1位は大腸がんであることからも、「不腸」は重篤な病気のリスクを高め、死にも直結するといえるだろう。
そうした不腸を引き起こす原因に「腸のカビ」があることはあまり知られていない。便秘を悪化させるなどさまざまな不調を招き、そうと知らずに便秘を解消するために薬を多用すると、より悪化してしまうケースもある。大腸がんのリスクになることは言うまでもない。
体の中にカビが生えるとはどういうことか。葉子クリニック院長の内山葉子さんが解説する。
「カビは菌の中でも『真菌類』に属し、真菌は人間の体の常在微生物のうちの一種です。普段は無害ですが、体調が悪いときや過剰に増えすぎると健康を害する。その代表格が『カンジダ菌』。カンジダ菌のように腸内で増殖しすぎることで体に悪影響を及ぼす真菌のことを『腸カビ』と呼んでいます」(内山さん・以下同)
日本人の腸はカビにとって快適な環境
腸内にはおよそ1000種類、約100兆個もの腸内細菌や真菌が存在しており、何らかの原因で真菌が増えすぎると、人体に有害な「カビ」として働いてしまうのだ。やっかいなことに、日本人の腸はカビにとって快適な環境だという。
「湿気が多い日本の気候は、食べ物や住環境にカビが生えやすく、食事や呼吸を通して体内に入り込みます。とうもろこしや小麦、砂糖、ナッツ類、アルコール、チーズ、果物などは特にカビが生えやすく、輸入品の場合、日本に輸送してくる間にカビが生え、知らずに食べてしまうこともあるでしょう」
体内にカビが入っても、健康な体なら大きな問題はない。だが抵抗力が弱くなっていると、カビが悪さをできる環境になってしまう。
「胃酸がしっかり分泌されていれば、体内に入ってきたカビが腸に届くことは少ないでしょう。しかし、近年処方件数が増えている胃酸抑制薬をのみ続けることで胃でカビを食い止められず、腸まで到達してしまう可能性がある。
また、日本は他国と比べて抗生物質の使用量が非常に多い。抗生物質は細菌を殺す薬なので、真菌であるカビには効きませんが、腸内の善玉菌を殺してしまう。すると、腸内細菌全体が減り、一方で抗生物質の効かないカビやウイルス、寄生虫ばかりが生き残り、腸内環境が悪化してしまうのです」
カビの増殖が心身に悪影響を与える
そうして腸で生き残ったカビは、人間の食べたものをえさにどんどん増殖していく。特に甘いものはカビの大好物だ。
「カビの増殖は健康にさまざまな害をもたらします。例えば、カビが腸内で糖を食べることで起こりうるのが低血糖です。エネルギー源である糖をカビに横取りされることで、自律神経障害を引き起こすこともあります」
「甘いものばかり無性に食べたくなる」「いくら食べても満足感がない」のは、あなたの腸にもいつの間にかカビが入り込み、すくすくと育っているせいかもしれない。
「カビは腸壁に食い込み、粘膜を溶かしながら少しずつツタが伸びるように増殖していきます。健康な腸壁からは、粘膜を守り免疫機能を支える『IgA抗体』というたんぱく質が分泌されますが、カビの出す酵素はこれを分解してしまうので、免疫力が低下します」
増殖したカビは、ガスやアルコールなど、さまざまな毒素を産生する。ガスによるお腹の張りは栄養の吸収を阻害し、腸内でアルコールがつくられると、まるで酩酊しているかのようなめまいや頭痛、イライラ、抑うつ、吐き気、泣き上戸や笑い上戸といった情緒不安定を招く。
「カビ自身が『アラビノース』という糖をつくることもあり、これは体内のたんぱく質を変性させ、自己免疫疾患や代謝異常を引き起こします。腎臓結石や頭痛、関節炎などを招く『シュウ酸』も、カビによって腸内でつくられます」
日本人の6割が腸が“ゾンビ化”?
こうしてカビや悪玉腸内細菌で汚染された腸は「正常な働きを成せなくなりゾンビ化する」と話すのは、順天堂大学医学部教授の小林弘幸さんだ。
「健康な腸はピンク色をしていますが、有害物質で満たされて充分な働きができなくなった『ゾンビ腸』は黒ずんでいるので、内視鏡を使えばひと目でわかります。ゾンビ化した腸が排出した毒素が血流に乗って全身に届くと、認知機能にも影響します。1000人を対象にした調査では、現在、日本人の6割がすでに腸がゾンビ化していると考えられる。特に40代以上の女性に多いこともわかっています」(小林さん)
腸からの毒素は脳だけでなく全身にまわり、あらゆる不調を引き起こす。放っておくと、便秘や下痢などの消化器障害、冷え、心臓や呼吸器の障害、低血圧、皮膚のかゆみ、眠気、不眠、目のかすみなど、あらゆる不調が起きる。悪化すると統合失調症や大腸がんなど、一生を左右するような大きな病気につながる場合もあるため、不調のサインが小さいうちにしっかりと対策をしておくべきだ。
「カビそのものはもちろん、カビのえさになる砂糖や果糖ブドウ糖液糖を含む甘いものや清涼飲料水のほか、腸内細菌のバランスを乱すとされる超加工食品(カップ麺や菓子パンなど、加工の程度が非常に高い食品)は避けましょう。
同時に、にんにくや梅肉、りんご酢、グレープシードオイル、ココナッツオイルなど、抗真菌作用のある食品を積極的に摂ってほしい。オレガノやローズマリー、シナモンといったハーブもおすすめです」(内山さん・以下同)
抗生物質は使いすぎに注意
腸内細菌のバランスを乱す恐れのある抗生物質は使いすぎに注意。処方されたら医師に相談してみよう。
「もちろん、病状によっては抗生物質が必須なこともあるので、自己判断で服用を中断してはいけません。“お腹を壊しやすいので心配なのですが、どうしてものまないといけませんか”などと、確認してみてください。抗生物質をのんでいる間は、普段以上に甘いものや超加工食品に気をつけて過ごしましょう」
もちろん、発酵食品や食物繊維などの腸活食材も積極的に摂るべきだ。
「腸活食材の代表格のヨーグルトは、選び方が重要です。乳酸菌も大切ですが、日本人の腸には、腸内環境を整える酢酸や乳酸をつくるビフィズス菌の方が合っている。乳酸菌はどのヨーグルトにも入っていますが、ビフィズス菌はすべてのヨーグルトに入っているわけではないので、よく選んで購入してください。
ヨーグルトは、乳酸菌やビフィズス菌のえさになる食物繊維やオリゴ糖と一緒に食べるとより効果的で、おすすめは『大根おろし×はちみつ×ヨーグルト』。大根のシャキシャキ感とはちみつの甘さで、まるでりんごヨーグルトのようにおいしく食べられますよ」(小林さん)