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《薄井シンシアさん&木下紫乃さん対談》女性活躍への疑問「子育てと仕事を両立できないのに、建前しか言わない企業は淘汰される」

左から木下紫乃さん、薄井シンシアさん
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17年の専業主婦を経て、日本法人の社長までキャリアを築いた薄井シンシアさんと、赤坂で昼スナック「ひきだし」を営み、ミドル世代のキャリア支援のプロでもある紫乃ママこと木下紫乃さん。「ミドル世代が手放すもの、捨てたくないもの」をテーマに熱い対談が展開したが、ここで、ちょっと番外編。2人が意気投合した「なぜ日本企業は『子育てと仕事が両立できる』と建前論を言い続けるのか」について紹介する。悩める会社員が次々に訪れるスナックの紫乃ママと、国内外の企業を渡り歩いてきたシンシアさんの辛口トークが展開した。

薄井シンシアさん、紫乃ママ
国内外の企業を渡り歩いてきたシンシアさんと悩める会社員が次々に訪れるスナックの紫乃ママ
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紫乃ママ「女性活用促進って、本当にクソ」

シンシアさん:ある大手人材派遣会社から「2030年までに女性管理職を〇パーセントにしたい」と登壇を依頼されたことがあります。でも、打合せに行ったら「子育て中の人たちをみんな管理職にしよう」と言うんです。会社は「子育てと仕事を両立する環境をつくっている」とPRしたいから、「できない」「なれない」「なりたくない」という選択肢はいらない。でも、管理職になる準備があるかどうかは本人が決める問題でしょう? この企業は、口では「誰でも子育てできる」と言いながら、実際には「誰でも働ける会社」にしたいんだな、と思いました。

紫乃ママ:すごくわかる。茶番ですよ。言葉は悪いけど、世の中の「女性活用」も本当にクソ。採用の時から「子育てはお金で解決してもいい。その分のお金を出すから管理職になって、とにかく働け」と説明するなら、いい。でも、「子育てしている人も自由に働けます」と建前論を言うから、入社する人はそれを信じてしまう。でも現実には、そんな制度設計になっていないし、現場のメッセージも違う。そうなると、つらいのは働いている人たちなんですよ。

シンシアさん:私のカレンダーは、働き方に悩む若い女性からのオンライン相談の予定でいっぱいです。彼女たちは、家庭と仕事を両立できないのは自分が悪いと思いこんでいる。

紫乃ママ:そうそう。自分で勝手に整理しちゃってね。

シンシアさん「なぜ企業は『うちはグリーデイー・ジョブ』と言わないの?」

シンシアさん:今度、営業マンの奥さん2人が相談に来ます。男性2人から「妻がワンオペで家庭が成り立たないから退職しました。うちの奥さんと話してもらえませんか?」と連絡があったのです。若い人は両立できないと気付いている。

紫乃ママ:うん、気づいてる。だから若い子が大企業から離れる。それを「今の若いやつは働かない。すぐ辞める」って言うけれど、「あなたたちのやり方がおかしいからでしょう?」と思います。

シンシアさん:2023年にノーベル賞を取ったハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授が「グリーディー・ジョブ(強欲な仕事)」と言いましたが、なぜ企業は「グリーディー・ジョブだから子育てに向きません」と言えないんですか? すべての職種が両立できるわけがないんだから、そう言えばいい。

薄井シンシアさん
「なぜ企業は『うちはグリーデイー・ジョブ』と言わないの?」と問う薄井シンシアさん
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紫乃ママ:本当にそう思う。

シンシアさん:企業が「この職種は両立できないから、子育て後の方がいいです」「どうしてもやりたい人は、両親と同居してください」とはっきり言えば、入社してからギャップに驚かないと思わない?

紫乃ママ:外資系企業は「うちの会社は、こうです」とリアルなことを言うんですか?

シンシアさん:いろんな外資で働いてきましたが、外資も言いません。誰も言わないから、ゴールディンさんがノーベル賞を取ったのだと思います。

弁護士にもグリーディー・ジョブと、そうでない仕事があります。弁護士をしている娘は若い頃、「訴訟担当ができないなら、弁護士の意味が無い」と若さゆえの生意気な考えを持っていました。でも訴訟担当をするうちにワークライフバランスが無いと気付きました。だから最近は、給料や面白みが減っても企業弁護士になることを考え始めました。旦那さんについては、最初から「家庭に入ってもいい人がいい」と考えていました。

紫乃ママ:やりたいことがある人には、パートナー選びも大事ですよね。

シンシアさん:企業が「この仕事は子育てと両立できません」と言わなければ女性たちが苦しむだけなんですよ。でも、そこまで言えば、男性もその企業を選ばないかもしれません。

シンシアさん「建前論の会社は捨てればいい」

――そういう会社に属してしまった人は、どうすれば良い?

シンシアさん:会社を捨てればいい。

紫乃ママ:世の中にはたくさん会社があるから、選べばいい。我慢を手放す。うちの会社には、シンシアさんや娘さんが属しているクラスの人はあまり来ないけれど、自分の会社が世の中の変化に対応できてなくて制度疲労を起こしているのに「変えられない」と思って、ボロボロになるまでやり続けている人が多い。仕組みに疲弊しているのに「ここで耐えればいい」と「おしん」みたいな状況になっている。

物事を変えるにはストレスがかかるから、我慢する方が楽なんですよ。勇気がない。でも、制度をつくるのは上の人間なのだから、下から声を上げないと企業は変わらない。周りの人と組んで代替案を出さないと、自分も楽にならないし、次に続く人は、もっと楽にならない。

彼らには「オーバーフローしている時に『やれない』と声を上げることも一つのメッセージだから、ちゃんと上司と話しなさい」と言うんだけど、「上司にそんなことを言っていいんですか?」って言うんですよ。「上司だって改善する情報は欲しいはずだし、会社全体で見れば良いことだから、声を上げないとダメ。言わないのは、ある種の職種怠慢だよ」みたいな話を、やんわりした表現で伝えます。でも、日本人は教育の段階から「言われたことを言われた通りにしなければいけない。できない自分はダメだ」と徹底的に刷り込まれている感じがします。

木下紫乃さん
日本人は教育の段階から「言われたことを言われた通りにしなければいけない。できない自分はダメだ」と刷り込まれているという紫乃ママ
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――上司に訴えたら「我慢して築いてきたものが壊れる」と不安なのでは?

紫乃ママ:何を築いてきたの? 我慢してボロボロになって、それなりのキャリアになったということ? なぜ、それがすべて無くなると思うのかがわからない。

シンシアさん:いや、組織に反対すれば全部失います。会社に物を申すなら、辞める覚悟で言った方がいい。

紫乃ママ「貶める人がいるところに、心がずたずたになるまでいなくていい」

紫乃ママ:そうね。言い方もあると思いますけどね。うちは昼間から営業しているから、心も体も折れて休職している人も訪れます。「休職するまで働かなきゃ良かったのに」と思うけど、言ってもしょうがないから言いません。でも、ここで立て直したとしても、同じことの繰り返しでは意味がないから「元気になったらオーバーフローしている仕組みを考え直そう。変えないと、同じことの繰り返しだよ。仕組みを変えることは会社の成果になるし、心ある上司もいるだろうから、やってみたら?」と伝えます。

シンシアさん:それは、ちょっと違う。弱い人や壊れている人に言っても何も変わらない。権力者に話をしても、たぶん変わらない。そういう職場は、こっちから捨てて社会から淘汰されればいい。

紫乃ママ:でも日本の企業ってあまり淘汰されないじゃないですか?

シンシアさん:時間の問題よ。

紫乃ママ:少しずつ淘汰され始めているのかもしれませんね。私が大学院へ行ってた時、ものすごく優秀だった若者たちは日本の大企業を選びませんでした。企業側は「ネームバリューで入ってくる人たちがいるから大丈夫」と思い込んでいるけれど、グローバルな視点で見ると、かなり質が低下しているはずです。

シンシアさん:入社しても2、3年で辞めますよ。そこで辞められない人たちはお金が理由だと思います。

娘は新卒で外資系金融会社に入って月曜から日曜まで働いて高い給料をもらっていました。平日は午前1時か2時に帰宅して、その後もニューヨークから電話がかかってきたりしていました。午前7時にタクシーで帰宅して、タクシーを待たせたままシャワーを浴びて会社に戻ることもありました。高い給料もネームバリューもあるけれど、子育てができる環境では無い。でも、それだけ給料が高ければ入社したい人はいます。次の道を選べない人は自分の価値を下げたくないだけなんですよ。下げればいくらでも仕事はある。

紫乃ママ:おっしゃる通り。みんな「仕事がない」と言うけれど、いくらでもある。自分を貶める人がいるところに、心をズタズタにされてまでいる必要はない。ずっと会社以外の人たちと交流せずにきて、ほかに選択肢があることを知らない人もいます。

シンシアさん「金の鳥かごか、竹の鳥かごか」

シンシアさん:お金の使い方の問題もあると思います。娘は外資系金融会社にいた3年間で2000万円ほど貯めて退職しました。でも、いまだにそこで働いている彼女の同僚は、ひいひい言いながらマセラティに乗って、タワーマンションに住んでいます。タワマンに住んで自分の鳥かごを作ってしまうけど、金の鳥かごを作るか、竹の鳥かごを作るかが重要。高級なかごを作ったら、ずっとそこで生きなくちゃいけないから、身軽に生きたい人は作りません。

紫乃ママ:付き合う人も変わるしね。

シンシアさん:リスクの問題なのに、みんな「終身雇用だ」「安定だ」とまったく計算しない。「自分はここにたどりついたから、この階段を上がって、ずっとここにいるんだ」と人生を甘く見ている。

左から木下紫乃さん、薄井シンシアさん
左から木下紫乃さん、薄井シンシアさん
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◆薄井シンシアさん

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社。65歳からはGIVEのフェーズに。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia

◆木下紫乃さん

和歌山県出身。慶應義塾大学卒業後、リクルート入社。数社の転職を経て、45歳で大学院に入学。2016年に中高年のキャリアデザイン支援の人材育成会社「ヒキダシ」を設立。2017年、東京・麻布十番に週1回営業する「スナックひきだし」を開店し、2020年に赤坂へ移転。スナックのママとして、のべ3000人以上の人生相談を聞く傍ら、55歳で社会福祉士の資格を取得。現在は毎週木曜日14時〜18時に在店。離婚2回、家出2回、再婚3回。キャッチフレーズは「どこに出しても恥ずかしい人生」。近著に『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』(日経BP)。@Shinochan6809

撮影/小山志麻 構成/藤森かもめ

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