健康の数値は高いよりも低い方がいい──そう盲信している人は多いはず。しかし、当然、低いことにもリスクはある。高血圧や高血糖になりやすい寒い季節、数値を下げようとよかれと思ってやっていたことが裏目に出ているとしたら……最悪の場合、死に至るかもしれない衝撃の事実を明らかにする。後編では低血糖の危険性について紹介する。【前後編の後編。前編から読む】
無理なダイエットで脳梗塞や心筋梗塞に
白米にラーメン、パスタ……日本人は糖質の多いものを好んで食べる文化があるが、糖質過多による高血糖は当然ながら体の健康を害する。
糖尿病専門医で『ミスター血糖値が教える 7日間でひとりでに血糖値が下がるすごい方法』の著者・矢野宏行さんが言う。
「現代の日本人は体をあまり動かさないのに、炭水化物や糖分を摂りすぎる傾向にある。エネルギーとして消費されなかった糖質は体内に中性脂肪として蓄積され、肥満や生活習慣病の原因になります」
かといって、血糖値を下げすぎる「低血糖」も体によくないという。
「血糖値の正常値は、空腹時約70~100mg/dL、食後140mg/dL未満で、70mg/dL以下になると低血糖です。体内で血糖値が低い状態が続くと、血糖値を上げるために糖質以外の物質からブドウ糖を合成する『糖新生』が活性化します。その結果、副腎皮質ホルモンのバランスが崩れて自律神経の乱れを招き、疲労や倦怠感、ストレスを感じるようになるのです」(矢野さん・以下同)
もっとも恐れるべきは、食後に血糖値が乱高下する「血糖値スパイク」が引き起こす低血糖だ。
「空腹時の血糖値は正常でも、食事をすると血糖値が急上昇し、数時間で血糖値が急激に低下する人がいます。誰でも食前と食後で血糖値の変動はありますが、振れ幅が大きいとさまざまな不調を引き起こします。
食後に急激な眠気やだるさに襲われたり、手足が震える人は血糖値が急激に下がっている可能性がある。低血糖になると、脳が血糖値を上げようとアドレナリンの分泌を増やし、攻撃的になることもあります」
矢野さんによれば、無理なダイエットをする人や、やせて筋肉が落ちている人ほど血糖値スパイクが起こりやすいという。それを繰り返すと血管がボロボロにもなる。
「血糖値スパイクが起こると、細胞から活性酸素が発生して血管を傷つけるので、動脈硬化が進行しやすくなります。血糖値が乱高下すると脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高くなることもわかっています」
糖尿病の人が注意すべき“血糖値の下げすぎ”
糖尿病の人ほど、“血糖値の下げすぎ”には注意が必要だ。治療薬で低血糖になり、深刻な事態に陥ることがあるという。
「高齢になると代謝機能が低下するので、若い人よりも薬が効きやすい。特に数種類の糖尿病治療薬をのんでいると血糖値の調整がうまくいかずに、低血糖で意識がもうろうとすることがあり、ふらついて転倒することもあります。
認知機能が低下して、認知症だと誤解されるケースもある。そうなるとまったく必要のない薬が処方され、症状が悪化する可能性があります」
埼玉県に住む主婦のDさん(62才)は今夏、低血糖で危うく命を落としそうになった。
「糖尿病で1日1回の薬を服用していますが、夏の疲れからかうっかりして1日に2回のんでしまったんです。ちょうど通院の日で、病院の駐車場に車を止めようとしたときに突然目の前が真っ暗になって意識を失いました。車は駐車場の塀に激突。低血糖による昏睡でした。幸いにも周囲に誰もおらず、私自身の打撲と捻挫ですみましたが、一歩間違えば大事故につながっていたと思うとぞっとします」
低血圧より低血糖の方がハイリスクだと指摘するのは医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんだ。
「薬による低血糖で意識障害や昏睡状態に陥ると、脳に後遺症が残ることがある。健康な人が糖質制限をしても低血糖で意識を失うことはないが、糖尿病の治療中で低血糖の症状が現れたら放置しないでください。
また、すい臓にできる腫瘍『インスリノーマ』にかかると、血糖値を下げるインスリンが過剰に分泌されるので低血糖になることがあります」
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんは、若者を中心に“ダイエット薬”として人気の「GLP-1受容体作動薬」に警鐘を鳴らす。
「本来は糖尿病の治療薬で、インスリンの分泌を促して血糖値を下げる薬です。GLP-1を使った約6%の人が軽度の低血糖になったというデータもあり、健康な人が使うと低血糖になるリスクが高い。低血糖になれば脳の機能低下にもつながりますし、全身の栄養状態が悪くなるので免疫力の低下にもつながります」