創立100周年を迎えた「日本一賢い女子校」。そして、観阿弥・世阿弥の時代から数えて600年の伝統をいまに繋ぐ「由緒正しき能舞台」。隣り合った土地に建つ2つの“名門”の「タワマン建設をめぐる争い」が、ついに裁判に発展した──。
校長が法廷で憤りをあらわに
「突然降ってきた建築計画。本校にとって、まさに青天の霹靂でした。生徒・教職員の心身の健康、安全が脅かされています」
11月20日、東京地裁で開かれた裁判の口頭弁論にて、日本の女子校で随一の東大合格者数を誇る中高一貫校「桜蔭学園」の校長は、憤りをあらわにこう語った。
国内の大学入試において最難関とされる東大「理科III類」。その合格者のうち、実に10人に1人を占めるのが東京・文京区にある桜蔭学園の学生だ。東京ドーム近くの閑静な一角にたたずみ、女優・菊川怜(46才)や元衆院議員・豊田真由子氏(50才)など、多彩な人材を輩出してきた。だが、そんな名門女子校が、予期せぬ事態に直面し、ついに法廷闘争を決意したのだ。
冒頭の「突然の建築計画」とは、能の名門「宝生会(ほうしょうかい)」が運営する「宝生能楽堂」と、同じ建物内にあるマンションスペース「宝生ハイツ」の建て替え計画のこと。
桜蔭学園の西側、崖を挟んですぐ下にあるその建物を取り壊し、代わりに地上20階建て、高さ約69mに及ぶ高層ビルを建築する計画が進んでいるのだ。宝生能楽堂やマンション居室もその中に入る高層複合施設である。
盗撮などの懸念が生じる
学校関係者はこう懸念点を指摘する。
「桜蔭学園から見て南西方向にタワーマンションが建つことで、正午以降、ほぼ陽が差さなくなり、校舎内が常に薄暗くなってしまいます。
また、タワマンから敷地内を見下ろされる位置関係になることで、生徒たちに盗撮などの危険が及ぶことも大きな問題です。実際に、桜蔭学園では以前、周囲の建物から学内にカメラを向けられる被害が発生しています。
さらにマンション建設により、校舎が建つ土地が崩落する危険性もあると考えています」
桜蔭学園がある地域には本来、高さ46mを超える建物を建ててはいけないという制限があるが、《敷地内に歩行者が自由に通行または利用できる空間を設けることで、(例外的に)高さ制限を緩和できる》という「総合設計制度」によって、全高約69mのタワマン建設が可能になるという。すでに総合設計の許可申請を東京都が受理しており、今後、建築審査会の同意を経て許可処分がなされる見込みだ。
建て替え計画の見直しを求め、桜蔭学園や地域住民は3年前から署名活動を実施。これまでに約2万通の署名を東京都に提出した。
「駅前の商業施設ならまだしも、この落ち着いた裏通りに突如として高層ビルを建てるのは、周辺環境への配慮が足りないと批判されても当然ではないでしょうか」(署名活動の関係者)
さらに、桜蔭学園側が憤慨する理由として、約50年前の「覚書」の存在がある。
「1977年、宝生ハイツ管理組合の母体となった『宝生会』と桜蔭学園の間で、『宝生ハイツの高さを超えては、将来とも一切構築物を設置しない』という覚書を取り交わしており、今回のタワマン建設はそれを反故にした形となるのです」(前出・学校関係者)
能楽事業の赤字を不動産賃貸事業が補う構図
それでも宝生会が強行にタワマンの建設を推し進めているのには、経済的な理由もあるようだ。
「もともと現在の土地には宝生能楽堂だけが建てられていましたが、宝生会の運営費を補う目的で増築され、1979年に完成したのがいまの宝生ハイツなんです」(宝生会関係者)
経済的な事情は、宝生会が公表している収支報告にも表れている。
「近年も、能楽事業の赤字を不動産賃貸事業が補う格好になっており、それでもなお、正味財産が毎年平均約2000万円ずつ減少している状態です。固定資産を売却した2021年度は、例外的に1億7000万円の黒字となっていますが、経営状況は依然として厳しいことがうかがえます。
タワマン建設で不動産収益を最大化したいという思惑があるのです」(前出・宝生会関係者)
一方で、宝生能楽堂の南に位置する東京都立工芸高等学校が校舎を建て替えた際には“逆の立場”のトラブルがあったという。
「1997年に建て替えられた工芸高校の校舎は、それまで宝生能楽堂のすぐ隣にありました。ですが、地上9階建ての新校舎が建つにあたって、宝生ハイツ側から工芸高校側に“陽が当たらなくなってしまう”と申し入れがあり、建物の位置を敷地の南端にずらすことで解決したという経緯があるんです。その結果、工芸高校の校庭は、陽の当たらない北側になりました。
それなのに、自分たちが建て替えるときには周囲への配慮なしという、恩を仇で返すような姿勢も、この計画が地域で不評である要因のひとつでしょう」(前出・署名活動の関係者)