テレビや舞台で華々しい活躍を見せる著名人たち。しかしその笑顔の裏には、決して人には見せない苦悩があった――。大病を患ったものの、見事“生還”した女性たちを紹介する。口腔がんを患い、それでも再起をかけてあきらめずに努力を続けた歌手・タレントの堀ちえみ(57才)に話を聞いた。
口内炎の誤診で発見が遅れ、舌を6割超切除
10月29、30日、堀ちえみのソロライブが開催された。約2時間で19曲を熱唱し、新曲も披露。満員の客席は熱狂に包まれた。
この舞台はただのライブではなかった。《堀ちえみ Re-Born!》と銘打たれた通り、5年ぶりの音楽活動再開を記念したもの。
2019年に、ステージ4の口腔がん(舌がん)が見つかり、治療のため音楽活動を休止していた堀にとって“悲願”のステージだった。
「今後は定期的に皆さまにお会いできると思います」
と、晴れやかな笑みを見せる。しかし、ここに至るまでの苦労は並大抵のものではなかった。
異変に気づいたのは2018年5月。舌の裏側に小さな口内炎ができたという。
「当時私は、リウマチの治療薬をのんでいたので、その副作用だと診断されました。小さいものでしたし、さほど痛くない。ビタミンB群のサプリメントをのんだり、内科で処方された塗り薬などで様子を見ていました」(堀・以下同)
ところが、同年10月に口内炎が再発。食べられない、飲めない、眠れない状態が続いた。
「いままで感じたことのないようなピリピリとした痛みがするようになり、患部の見た目も症状もどんどん変化していきました。当時通っていた内科はもちろん、リウマチ科、婦人科などの先生に診ていただきましたが、診断はやはり口内炎。当時は症例が少なく、口腔がんだとわかる医師がいなかったんです。
そして忘れもしない2019年1月16日の深夜。激痛で眠れず、舌の裏側にできた患部を改めて鏡で見たところ、表面が変化していました。どう考えても普通じゃない。ネットで調べると舌がんの患者の画像とまるで同じ。まさかと思いつつもすぐに、がんの専門医がいる大学病院を予約しました」
専門医の診断は舌がん。リンパ節に転移していたためステージ4だった。
なぜ生き残ったのか、歌えないことに絶望
「この病気のいちばん怖い点は、発見がしづらいことだそうです。普段から舌の裏や頰の内側を見る人は少ないでしょうし、異変があっても口内炎と間違えやすい。私の場合も、早期発見できずに進行し、リンパ節に転移して重複がんも併発してしまいました。舌がんの手術後、食道がんの告知も受けたのです」
舌がんは進行すると、舌を大きく切り取らないといけないのだが、舌の有無はその後の生活に大きく影響する。
「舌先が残っていれば、食べたり飲んだりしゃべったりしやすいのですが、私は舌先を含めて6割超も切除し、太ももの組織を移植して再建しました。リンパ節や舌下腺も切除したため、唾液が出づらくなり、常に口の中がカラカラ。再建手術をしても神経は通っていないため、舌が思うように動かず、食事は飲み込みづらいし、うまくしゃべれない…。せっかく助けていただいた命なのに、“こんな状態でなぜ生き残ってしまったのか”と気分がふさぎました」
舌がんで舌を切除した場合、再建により形は整えられるが、思うように動かせなくなる。リハビリを行っても多くの場合、会話に障害が残り、味覚を失うケースもある。転移した場所によっては、あごや頰肉まで切除しなければならず、そうなると外見も変化する。術後の生活が大きく変わるため、“術後の自殺率が高いがん”といわれているほどだ。
名曲すら言えず、1曲歌えるまで1年
歌手なのに歌が歌えない――。堀の絶望は想像に難くない。どのように気持ちを立て直したのだろうか。
「いま思えばありがたいことなのですが、家族や周りの人たちが、なるべく早く仕事に復帰させようとしてくれたんです。当時は“どうして皆、こんなに早く社会復帰させようとするのかしら”と不思議だったのですが、次の目標に進ませないといけないと思われたのかもしれません」
手術は2019年2月22日、テレビ復帰は翌年1月。同年8月には『24時間テレビ43』(日本テレビ系)で、術後初の歌を披露することになった。
「リハビリは術後すぐから、さらに退院して約半年後にはボイストレーニングも始めたのですが、それぞれ思うように上達しない。“たちつてと”や“なにぬねの”“ざじずぜぞ”といった舌先を使う言葉がどうしても言いづらいんです。特に『つ』は、風を送って発音することができず、母音の『う』になってしまう。
そんなこともあるため、一音を母音と子音に分けて、一語一語ご指導いただき練習しました。なかでも“堀ちえみ”と言うのがとても難しくて、自分の名前すら言えないのかと、もどかしさと悔しさで涙することもありましたね」
それでも堀はあきらめなかった。家族や医師らの励ましと協力を受け、毎日リハビリを行い、ついには、代表曲『リ・ボ・ン』を歌えるようになった。この1曲を歌えるようになるまでに1年かかったが、それでも無事、『24時間テレビ』での披露を叶えたのだ。
「“歌う”という目標があったおかげで、気持ちが上向きになれました」
メディアに少しずつ出ることで自信もつき、2023年にはデビュー40周年記念ライブも開催。このときはなんと26曲を歌い切った。
「そのときそのときで最善を尽くしてライブに臨んでいますが、毎日欠かさずリハビリを続けているおかげで、いまは去年に比べてもっと完璧に近づけました。そう思えるのは、前進し続けているから。そして私が前を向けるのは家族や医師、そして応援してくれるファンの皆さんのおかげです」
病気になってよかったとはいまだに思えないものの、心は大分整理できたという。
「後悔をし始めると、“あのときこうしておけば”などと原因を探し始めて気分が落ちていくので、それはやめました。こうなったことには意味があると考え、私と同じような人をつくらないために体験談を公表し、1人でも多くの人のためになればいいと思っています。そうすれば私の闘病も無駄になりません。だからこれからもっとしゃべり、もっと歌い、前を向いて生きよう、と思っています」
今年2月、堀の舌がんは完治した。音楽活動も本格的に再開したいま、さらなる活躍が楽しみだ。
◆歌手・タレント 堀ちえみ
ほり・ちえみ/1967年大阪府生まれ。15才のとき『潮風の少女』でアイドル歌手デビュー。小泉今日子や中森明菜らと同期で「花の82年組」といわれた。1983年に大映ドラマ『スチュワーデス物語』(TBS系)で初主演し、一躍人気に。2019年、口腔がんのため芸能活動を休業して療養。2020年1月、芸能活動再開。新曲『FUWARI』発売中。https://www.horichiemi.com/
取材・文/土田由佳
※女性セブン2024年12月19日号