食欲、読書、スポーツ、芸術……何かと実りの多い秋は、懐かし歌謡曲の豊作の季節でもあります。「夕暮れ」に似合う曲は特にエモーショナルだと指摘するのは、1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライター田中稲さん。茜色の空を見たら再生ボタンを押してほしい珠玉の名曲たちについて、田中さんが綴ります。
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10月である。暦ではとっくに秋なのだが、体感的にはダラダラ夏を引きずっていた。しかしさすがに「夏が終わった」と言い切っていいですよね!
どうにか今年も切り抜けた。いやもう、振り返ればボロボロだった。40度近い気温が続き、肌はボロボロ、体力はシオシオのパー。髪の毛だけが湿気と汗を吸いこんで、変な生命を得たかのようにウネウネと巻き……。しかし季節は巡るのである。さらば夏。ウエルカム、秋!
秋の訪れを一番感じるのは「空」である。夏よりもちょっと高いところにある気がする青空。点々と広がるいわし雲。そしてなにより、清少納言が『枕草子』で「秋は夕暮れ」と記したように、夕暮れ時の美しさ!
さあ、夕焼けに似合う曲を聴いていこう。中には秋の歌以外もあるが、今回は「夕陽とのマッチング」を優先でレッツミュージック!
伊藤つかさの呟くような歌声に運ばれて
真っ先に挙げたいのが、1982年にヒットした伊藤つかささんのセカンドシングル『夕暮れ物語』である。伊藤つかささんといえば、大ヒットしたデビュー曲『少女人形』も素晴らしいが、秋は断然こちらである。
子どもの頃、夕焼けは「家に帰る時間の合図」だった。その茜色を見て、一日が終わる達成感と寂しさを覚えたものである。その感覚が、彼女の呟くような歌声に運ばれ、グォーッと押し戻されてくるのだ!
伊藤つかささんは不安定ながら、必死にていねいに、音符に声を乗せようとする。ビブラートなんてとんでもなく、幼い声が、雨粒のようにポツポツ不安定に落ちてくる。それがいい! この「つたなさ」というか歌い慣れていない感じは、カラオケが普及した今ではもう、なかなか巡り合えない歌声だと思うのだ。
この『夕暮れ物語』を聴くと、女の子とワンコが夕暮れの中帰り道を歩いているシーンが思い浮かぶ。一番星が輝き、明日を思う。そうなのだよなあ。夕暮れの茜色は、明日の希望でもあるのだ。
「夕やけと希望」で思い浮かぶ曲に、中森明菜さんの『トワイライト〜夕暮れ便り〜』(1983年)もある。差した日傘まで真っ赤に染まるような夕焼けの中、絵葉書を赤いポストに落とし、次会える日を思う……。赤い夕陽に赤いポスト、なんとエモいダブルレッド攻撃! 私のハートを容赦なくぎゅっと絞ってくる!
エモいといえば堀ちえみさんの『夕暮れ気分』(1983年)も負けてはいない。ほぼほぼ両思い寄りの片思いのもどかしさ、強がりを「夕暮れ気分」と例えるあたり、もう最高。堀ちえみさんの声は素朴だからこそ、恋する女の子の心をドカッとむき出しで見せられているような迫力がある。夕暮れの帰り道、オレンジ色に染まる小石や空き缶を蹴飛ばしながらモジモジする二人が、脳内にプロジェクトマッピングの如く映し出される!