
人生には3つの坂がある。上り坂、下り坂、予期せぬまさか──そのどれに当たっても人の心は揺れ動く。特に下り坂やまさかに遭遇すると「どうして私が」と考えてしまう。だがそこで「まぁいいか」と構えられることが、人生後半戦をより生きやすくしてくれる。医師も免疫力アップにつながるという「まぁいいか」メソッド。歌手の加藤登紀子(80才)、タレントの野沢直子(61才)が人生を楽しむために実践してきた「まぁいいか」習慣を教えてくれた。
やりたくないことはやらなくていい
《自分の人生は自分らしく、思い切り自由に、わがままに生きよう》
いま、世の中にはこんな呼びかけが多くみられる。でもそれは、自由にわがままに生きられない人が多いことの裏返しではないだろうか。『「さ・か・さ」の学校 マイナスをプラスに変える20のヒント』を上梓した加藤登紀子はこう語る。

「いまは自分の好きなように生きると世間からバッシングされて、うるさい時代です。本当は自分の好きなように生きた方が幸せで長生きもできるのに、わがままに生きることを社会がなかなか許さない。でも自分がやりたいことができない人生が続くと、人は疲れてしまいます」
お笑いタレントとして人気絶頂の28才のときに渡米を決断し、“海外出稼ぎタレント”の先駆けとして活躍する野沢直子がすすめるのは、“良性のわがまま”だ。

「50代を過ぎて人生の残り時間が少なくなってきたら、自分がやりたくないことはやらなくていいと思います。しがらみがあっても会いたくない人には会わなくていいし、やりたくない家事は極力手を抜くことをすすめています。
人生の後半に差しかかったら、人に迷惑をかけない限り、自分が楽しいと思うことをどんどんやっていくべき。そうした“良性のわがまま”を私は推奨しているんです」(野沢)
毎日を鷹揚かつポジティブに生きるには、セルフケアも欠かせない。野沢は、「自分で自分の機嫌を取る」ことが効果的だと言う。
「“自分の機嫌を取る”というフレーズを最近SNSでよく見かけて、とてもいい言葉だと思いました。単純な発想ですが、自分の機嫌を取るためには自分が楽しいことをたくさんやることが大切です。
世間に誇れるような生産性の高いことじゃなくても、好きなドラマを見るとかスイーツを食べるとかで全然大丈夫なので、楽しいことをいっぱい引き出しに入れておいて、時と場に応じてそれを開ければ、自ずとポジティブになっていくと思います」
変えられないことを見極める
それでも生きていれば悔やむことは必ず出てくる。そのときは無理に我慢せず、くよくよすればいい。
「変に“くよくよしてはいけない”“ポジティブでいなくちゃ”と自分にプレッシャーをかけるとストレスになってしまいます。私自身、いまでも全然くよくよして後悔もする。逆に思い切り落ち込んだ方が立ち直りが早いのかもしれません。自然の流れに任せて、くよくよが収まるまでじっと待つのも手です。
また、『あのとき、あれをしておけばよかった』との後悔があるなら、いまからそれをやってみてはどうでしょう。若い頃、スポーツ選手をめざしていて挫折したなら、50代以降でまたその競技を始めてみたら、昔の楽しさをもう一度味わえるかもしれません」(野沢)
過去の自分に心残りがある人は、2025年を「再チャレンジの年」にしてもいいかもしれない。
加藤は何かを決断するに際し、「自分のせいにしない」ことと、「素早い判断をする」ことを推奨する。

「自分が決めたことについて、“誰かを不幸にしたんじゃないか”“迷惑をかけたかもしれない”と自分を責めると、立ち直りにくくなるものです。でもひとつの決断に至るにはさまざまな要因があるので、すべてを自分のせいにする必要はありません。
それに、判断に迷って時間がかかるほどその後に後悔しやすいので、あまり時間をかけず、スパッと決断する力も求められます」(加藤)
そもそも人がくよくよするのは、「変えられないことを変えようとするから」だと高齢者医療に詳しい精神科医の和田秀樹さんは指摘する。

「世の中には変えられることと変えられないことがあります。変えられないことを変えようとすると、結局は結果が伴わず、イライラしたり不安になったりする。まずは変えられないことを見極めることが大切です」(和田さん・以下同)
人の力で変えられないことは、主に2つある。
「1つめは『人の気持ち』です。気持ちを変えられると思っている人は多いけど、気持ちは相手のものだからコントロールできない。こっちがゴマをすったり怒ったりしても、向こうの気持ちは変えられないから、人の心の中を慮ってくよくよすることにはあまり意味がありません。
もう1つは『過去』です。過去に起きたことはいくら悔やんでも変えられません。必要なのは変えられないものを変えようと努力することではなく、自分の考えや行動を変えることです。過去の失敗から学んで考え方ややり方を変えれば、未来を変えることができるんです」
選択肢があれば次の手が打てる
人の気持ちと過去が変えられないことに加えて、「答えは1つと決めつけない」ことも覚えておきたい。
「たとえば失恋すると、“もう二度と恋愛はできない”と悲観的になる人もいれば、“次こそもっといい人に出会えるはず”と前向きになる人もいますが、ネガティブであれポジティブであれ、決めつけはよくない。答えが1つしかないと思ってしまうと、そうならなかったときにダメージを受けてしまいます。
世の中には多くの可能性があるんです。たとえば病気になったとき、特定の薬が本当に効くかどうかはのんでみるまでわかりません。健康診断の数値が正常だからといって病気にならないなんてこともない。医師は高血圧の患者に薬を処方しますが、元気になるとは限らない。答えが1つではなく、多くの可能性があるからこそ、選択肢を多く持つべきです。
ぼくが本をたくさん出すのも、楽天家だからじゃなくて“たくさん出してたらどれかひとつくらいヒットするかな”と思ってるから。
病気なら、特定の薬が効かないと想定して別の薬や治療法を準備しておけば、実際に薬が効かなかったときに落ち込んだり後悔したりすることなく、『まぁいいか』と次の手を打てます。病気以外でも多くの選択肢を持つことで将来の不安を減らせます」
人の気持ちや過去を変えようとするのではなく、わがままに上機嫌になって多くの答えに備える。スーパーのレジに並んだら自分の列だけ進まなかったとき、出かけたい日に限って雨が降るとき、食べようととっておいたケーキの賞味期限が切れていたとき、眠りたいのになかなか眠れないとき、人生はそんな些細なままならないことの連続だ。でも、それらを「まぁいいや」と受け流せる寛容さが、免疫力を高めて老後を生きやすくする。
そうとわかっていても、どうしてもネガティブになってしまうあなた、それはそれで「まぁいいや」です。
◆加藤登紀子
1943年ハルビン生まれ。1965年、東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。1966年に『赤い風船』で日本レコード大賞新人賞を受賞し、『ひとり寝の子守唄』『知床旅情』はミリオンセラーに。女優、声優としても活動し、50年以上重ねている年末恒例の「加藤登紀子ほろ酔いコンサート2024」(12月20日 埼玉・大宮ソニックシティ大ホールほか)も大好評公演中。
◆野沢直子
1963年東京都生まれ。1981年に高校の同級生とコンビを組んで、「素人漫才コンテスト」へ挑戦。1984年、吉本興業入社、芸能界デビュー。1985年からレギュラー出演した『トゥナイト』(テレビ朝日系)では突撃レポートが話題となり人気を博す。1991年に日本での芸能活動を休止し、渡米。アメリカで結婚、出産のすえ、永住権を取得。以来、日本とアメリカを行き来する「出稼ぎスタイル」を確立した。
※女性セブン2025年1月2・9日号