
「夫が死んだらどうやって生活していこう」「離婚したら年金はどれくらいもらえる?」──頭の片隅に夫との死別や離婚がある女性であれば、こんな不安がよぎることもあるだろう。ならば、自分自身ですぐに動き始めた方がいい。「もしものとき」は突然やってくる。「夫なし」の生活をする上での準備をどうすべきか解説しよう。【前後編の前編】
夫が生命保険に入っているなら、受取人は妻より子供にした方がいい
女性の方が男性より長生きする日本では、夫に先立たれて「おひとりさま」になる女性は珍しくない。
夫が元気でも「こんな相手と残りの人生を過ごしたくない!」と、自らおひとりさまを選ぶ女性も増えている。同居期間20年以上の夫婦が離婚する「熟年離婚」の割合は年々増加し、2022年は23.5%と過去最高を記録した。
どんな形であれ、「夫なし」の生活をスタートするうえで、事前に準備しておくべきことはたくさんある。
都内在住の主婦・Aさん(59才)は、夫に先立たれるかもしれない不安な気持ちを吐露する。
「夫は糖尿病の持病があり、昨年は脳梗塞で救急搬送されました。幸いにも後遺症はなかったものの、私は元気すぎるぐらいなので、どう考えても夫が先に亡くなる可能性が高い。そうなればどうひとりで生活設計していくのか、考えただけで不安になります」
マネージャーナリストで税理士の板倉京さんは、「もしもの場合を考え、まずは夫の生命保険の確認をしてください」と話す。そこでポイントになるのが、「夫が何のために保険に入っているのか」と「受取人は誰なのか」ということ。

「夫が、妻の生活保障のために加入している死亡保険に関しては、受取人は妻のままで問題ありません。
しかし、夫がもし相続税対策として入っている生命保険があれば、受取人は妻より子供にした方がいい。配偶者は高額な相続遺産がない限り相続税はかかりませんが、子供に相続税がかかるケースは珍しくない。妻が受け取って、後は子供に相続すると、子供に余計な負担がかかります。生命保険には『法定相続人数×500万円』の非課税枠があるので、受取人を子供に変えた方が相続税対策になります」(板倉さん・以下同)
夫が病気になった後、生命保険に入っていないことが判明したらどうするか。冒頭のAさんの夫のように、健康状態に不安がある人が入れる保険もある。「引受基準緩和型」と「無選択型」の2つだ。
「前者は、『現在、入院中である』など、いくつかの項目に該当しなければ入ることができます。後者はチェック項目がなく、医師による診査や告知もいらない保険です。どちらも保険料が高いのがデメリットですが、残された妻の生活不安はある程度解消され、場合によっては控除も受けられて節税対策にもなります」
最近は、被保険者が余命6か月以内と判断された際に、死亡保険金を生前に給付してもらえる「リビング・ニーズ特約」がついた保険の需要が高まっているが、注意も必要だ。
「死亡保険のうち3000万円を上限に、生前給付金として非課税で受け取ることができます。生前の医療費の補?や、“最後の旅行”など自由に使えるのが長所ですが、使いきれずに亡くなってしまうと遺産として相続税の対象になります」
離婚を切り出す前に受取人の名義を変更
離婚の場合も死別と同様に、すべては夫の保険内容を調べることから始まる。
「離婚の話し合いが始まってからでは、夫が契約している保険内容を気軽に聞きづらくなります。離婚を切り出す前に、夫の預金通帳の引き落とし履歴や保険証券から、加入内容を調べておくといいでしょう」
保険のタイプを把握しておくことが重要と話すのは、ファイナンシャルプランナーの長尾義弘さんだ。

「保険には『貯蓄型』と『掛け捨て型』があります。掛け捨て型は財産分与の対象外ですが、貯蓄型は解約すれば解約返戻金が支払われ、満期になれば満額保険金を受け取ることができ、いずれも財産分与の対象になる。知らずにいると、夫が開示しない限り財産分与されない可能性もあります。医療保険には掛け捨て型が多いものの、たまに貯蓄型の保険もあるので必ずチェックすることです」
貯蓄型なら離婚後も積み立てを続けるか、解約して解約返戻金を夫婦で分けるのかを考える必要がある。社会保険労務士の岡佳伸さんが言う。
「できれば夫と相談して保険は解約せずに、契約者と受取人を妻に変えた方がいい。解約すると満期で受け取る金額よりも少なくなりますし、結婚前に積み立てた分は請求できません」
生命保険ばかり気にしているのも要注意。子供の学資保険の満期保険金を受け取ることができなかったと怒りをあらわにするのは、埼玉県在住のBさん(51才)だ。
「7年前に夫と離婚し、子供は私が引き取りました。離婚時の話し合いでは、子供のために夫がかけていた学資保険は、満期になれば私が受け取ることになっていたんです。でも夫は離婚後、勝手に学資保険を解約し、連絡が取れなくなった。子供の大学進学の資金にしようと思っていたのに……。いまだに許せません」
Bさんのような状況を避けるには、どうすればいいのか。岡さんは離婚をする前に名義を確認し、対策すべきだと話す。
「保険の契約内容の変更手続きを行えるのは保険の『契約者』のみ。離婚が決まると、夫が保険を勝手に解約したり、受取人や掛け金の変更を行う可能性があるので、夫が契約者なら、離婚を切り出す前に契約者や受取人の名義を変更しておくと安心です」
妻自身が契約している生命保険の場合、離婚するなら受取人は夫から別の人に変更する。

「うっかりそのままにしておくと、自分の死後に元夫が保険金を受け取ることになってしまうので、子供がいる場合は受取人を子供に変えましょう。
ただし、注意点もある。未成年の子供が保険金を受け取るには親権者または未成年後見人からの請求手続きが必要なので、妻が亡くなった後、元夫が代理人になる可能性があります。この先、自分が死ぬことも考え、祖父や祖母に孫の後見人になってもらうよう事前に頼んでおくと、元夫にお金を取られずにすみます。
また、子供が被保険者として入っている医療保険で、夫が契約者と受取人になっている場合も注意が必要です。万が一、子供が亡くなったら保険金は元夫に支払われます。小さければ自分の両親など親族に、子供が結婚していたら受取人を子供の配偶者にするなど、名義を夫以外に変更した方がいいです」(板倉さん)
夫の死後、生命保険のほかに金銭的な助けになるのが年金で、残された妻を支えるのは「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」だ。「年金博士」こと、社会保険労務士の北村庄吾さんが解説する。
「遺族基礎年金は18才未満の子供のいる配偶者か、一定条件を満たした子供自身が受け取れるもので、年間約83万円プラス子供の数に応じた加算額が受給できる。
ただし、夫が再婚相手で、子供が元夫の実子である場合、法律上は夫の子ではないので、妻は『子供のいる配偶者』とはならない。生前にいまの夫と子供を養子縁組しておかないと、遺族基礎年金をもらえません」
だが、元夫の方が資産が豊かだった場合、いまの夫と養子縁組することで、子供が元夫の遺産の相続権を失い損する可能性もあるのだろうか。「その点は心配ない」と北村さんは断言する。
「養子縁組しても、元夫との実子関係は変わりません。むしろ、養子縁組によって実の父親と、法律上の父親の両方から遺産をダブルで相続できます」(北村さん・以下同)