【独占インタビュー】片山さつき財務大臣「ダークスーツ」から「パステルカラー」にファッションを変えたきっかけ 財務官僚時代には「男性の3倍働いたらえらくしてやるよ」と言われたことも

憲政史上初めての女性首相が誕生してから2か月。政権運営や外交はもちろん、ファッションや会食日程などあらゆることが連日報道されている。しかし、永田町以外ではすでに多くの女性リーダーが活躍している。『女性セブン』12月11日発売号では、「働き、稼ぎ、躍進するリーダーたち 女性資産家最新ランキング」で明らかになった、“稼ぐ女性”たちが注目されるように、キャリアを重ねる女性が増えれば、それだけ多くの収入を得るチャンスも増えるだろう。女性の活躍は、日本経済だけでなく、日本社会にとっても大きな財産になるのだ。
「女性初」の首相となった高市早苗氏とともに、「女性初」の財務大臣として、旧大蔵省の官僚時代からこれまで数々の「ガラスの天井」を破ってきた片山氏に、「女性が活躍する社会」の展望、期待を聞いた。
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──企業において、女性管理職や女性経営者が増えていることを、率直にどう思っているのでしょう。
2018年から2019年にかけて、私は女性活躍担当大臣に就きました。当時から各業界の経営者は「この先、女性の管理職はどんどん増えますよ」と話していましたし、私も当然そのつもりで取り組みましたから、いま現在、管理職はもちろん、女性の経営者が増えていることは非常にうれしく思います。女性の実力が正当に評価されてきたと思う半面、やっとだなという気持ちもあります。
──2025年の「新語・流行語大賞」の年間大賞には、高市首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が選ばれました。片山大臣が大学を卒業後に入省した旧大蔵省も、かなり仕事がハードだったようですね。
ハードという言葉では表せません。「女性は男性の3倍働いたらえらくしてやるよ」というような軽口を言ってくる人がいた時代でしたから。月の残業が200時間を超えたこともあったし、予算交渉や民間への指導といった権力に裏打ちされたプレッシャーもある仕事だったので、体力的にも精神的にも大変でした。女性職員は極端に少なく、会議に出ている女性が私だけなんていうことはしょっちゅう。そういう環境も非常に過酷だったと思います。
──当時の省内には偏見や制約も多かったと聞きます。
労働基準法の『女子保護規定』(99年撤廃)が残っていた時代で、女性職員は管理職になるまで出張に行けないとか、夜10時以降の残業が認められないから翌朝に付け替えたりとか、男性なら当たり前にできることが“女性であるがゆえ”にできないことはたくさんありましたね。初級職といって、いわゆる一般職の女性職員はお茶出しもしていて、土曜日で初級職の女性がお休みの日などは、私がお茶を出していたんです。
──そうした状況を、どう切り抜けたのでしょうか。
私はもともと、つらい状況をつらいと思わない性分でしたけど、結局は“割り切り”だと思います。官僚は「公の目的」のために働く。国民の役に立っていると思えれば踏ん張れます。民間であればそれは利益のため。個人が背負い込みすぎる必要はありません。

──忙しい時代でも、自分への投資はされましたか?
あの頃はお金を使う暇も目的もなかったですね(笑い)。仕事は忙しいし、最初の結婚もすぐに破綻しましたから。着ていたものは、黒とかグレーとかのダークスーツばかり。大きく変わったのは当選してからでしょう。国会議員として、さまざまなイベントに呼ばれて、たくさんの人の前で話をするのに「どこにいるかわからない格好は失礼」と、アドバイスを受けたことがきっかけでした。そこからパステルカラーのような明るく目立つ服装に変えたんです。官僚時代はどこか“黒子”という気持ちもあったし、選びやすいのでついつい無難な色ばかり手にとっていましたが、明るい色を着るとやっぱり気持ちが華やぎますし、選ぶ楽しさがありますね。
男性はまだスーツが一般的ですが、いまの女性は自由な服装で働いていますよね。ファッションや趣味など楽しみをもって働くことは素晴らしいことですし、自分が一生懸命働いて得たお金は、どんどん自分のために使ってほしい。当時、思いきって買った10万円くらいしたジャケットはいまでも着ています。いいものはずっと着続けられます。
──体型も変わっていないんですか。
毎日忙しく仕事していますからね。そんなに太るってことはないです。でも、やっぱりお腹はちょっとは出てきますよ。そんなときは、お腹に巻いて電気刺激で腹筋を動かすのがあるじゃない(編集部註=「EMS腹筋ベルト」のこと)。あれは効くわね(笑い)。痩せはしないけど、太らない。
──高市首相の就任、片山財務大臣の抜擢で、「女性初」という言葉が脚光を浴びました。
ありがたいことですが、女性が活躍するたびに「女性初」と言われなくなる時代は、もうそこまで来ていると思います。総理大臣と財務大臣という2つのポジションは、これまでずっと男性でした。それが両方とも女性になり、人々の日常になった。今後、女性が活躍していく上で、この慣れは大きいと思っています。およそ20年ぶりに財務省に戻ってきましたけど、大臣説明の場に必ず女性がいますし、私の秘書官の一人も女性です。
──今後、「女性活躍」はどう進むでしょうか?
高市総裁は「これは茨の道やな」って言っていましたけど、私も財務大臣をお引き受けするだろうという時にそう思いました。
“ガラスの天井”は完全に払拭されたわけではありません。多くの女性がこの先もいろいろな壁にぶつかるでしょう。そういった時には、「明鏡止水」の心境を心がけること。私はよく「360度」という言葉を使います。冷静に全体の状況を見るようにすれば、おのずと行くべき道が見えてくる。女性の視点でしか気づけない問題もあるし、意思決定の場に女性がいる方がいいわけですから、より重視されることになると思います。
いま、日本は非常に難しい立ち位置にあります。たまたま初の女性政権ではあるけれども、高市政権を中長期の安定政権にし、強い経済の日本を取り戻すことが、悠久の歴史を持つ素晴らしい国へのご恩返しであり、未来への最大の責任だと思っています。政治的な安定が女性の経済的な将来につながると信じています。
【片山さつき】
埼玉県出身。東京大学を卒業後、82年に大蔵省(現在の財務省)に入省。主計局主査、主計局主計企画官などを歴任。05年、衆院議員に初当選。25年10月、高市早苗内閣で財務大臣に就任。