あなたを愛します
田村さんは1966年に松竹大船撮影所から独立して以来フリーで俳優業を続けたが、結婚後の1976年に個人事務所を設立した。
「和枝さんは娘さんが結婚した後、事務所の役員となり、身の回りのことや財務の面で田村さんをサポートしていました。田村さんが亡くなった後には代表取締役に就任。事務所を畳むという選択肢もあったと思いますが、田村さんをいちばん近くで見てきた和枝さんにその考えはなかった。“田村正和の功績を守りたい”という強い思いがあったのでしょう。ただご自身も高齢でしたから、のちに代表取締役のバトンを娘さんに託しました」(芸能関係者)
そして和枝さんは、田村さんの“遺言”にも向き合った。1988年に田村さんは神奈川県横浜市の霊園に「生前墓」を購入した。生前墓には“自分の墓を守ることで自身の長寿を願い、健やかに人生の使命をまっとうする”という意味がある。田村さん夫妻も生前はふたりで生前墓に足を運び、田村さんが亡くなってからは和枝さんが墓を守った。
「正和さんは墓石の向きや形、配置のバランスなどから運気を呼び込むことができるという考えの『墓相学』を大切にしていたそうです。生前墓を建てた霊園には専属の墓コーディネーターがいるのですが、彼は外部のコーディネーターにも相談していました。それだけ強いこだわりがあったのでしょう」(田村家と親しい関係者)

いまはふたりが眠るその墓は、周囲の5倍ほどはあろうかという広い敷地内の隅に、控えめに立っている。
「田村さんのお墓は、『墓相学』に基づいた『吉相墓』と呼ばれるものです。先祖が建てたひとつの墓に代々入るのが一般的ですが、吉相墓は代が替わるごとに墓を建てる。墓石が隣に連なるように増えていくため、広いスペースが必要なのです。常に後継者を必要とするので、子孫繁栄の思いが込められています。その一家が栄えるという、“未来”のためのお墓なのです」(墓コンサルタント)
前述したとおり田村さん夫妻の一人娘は結婚しており、田村姓の後継者はいなかった。ふたりの思いが詰まった墓を継いだのは、祖父母の愛情を受けて育った孫だった。
「和枝さんは生前、娘さんのお子さんを養子として迎えていたと聞いています。そうすることで、正和さんから連なる“田村姓”を残せることに加えて、正和さんが未来の家族に願いを込めた吉相墓を、連綿と続けていくことができる。まさに家族総出で正和さんの“遺言”を守っていこうとしているのです」(前出・田村家と親しい関係者)
いまから約60年前、交際を始めたばかりの和枝さんが田村さんに贈ったペンダントには、《昨日よりも今日、今日よりも明日、あなたを愛します》と書かれていたという。一途な愛を貫いた和枝さんは、田村さんと安らかに眠っている。
※女性セブン2026年2月19・26日号