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ソプラノ歌手・坂井田真実子さん 難病の自己免疫疾患発症からのリハビリ生活で辿り着いた境地「元の体に戻れないのなら新しいテクニックを身につけようと決めた」 

壮絶なリハビリを経て、社会復帰したソプラノ歌手・坂井田真実子さん
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 思いがけない病気やけがで、日々の生活は一変する。先が見えない闘病生活の中、一度絶望を味わった人たちはなぜ立ち直ることができたのか、その強さはどこにあるのか。壮絶なリハビリを経て、社会に復帰したリアルストーリーを聞いた。 

 子供の頃から歌が大好きだった坂井田真実子さん(47才)は国立音楽大学大学院を修了後、ソプラノ歌手としてのキャリアをスタートした。 

 だが文化庁新進芸術家派遣先のオーストリア・ウィーンから帰国直後の2016年、二の腕のピリピリ感や光がまぶしいといった症状が出てから高熱で立ち上がれなくなり、国が指定する難病の「視神経脊髄炎スペクトラム障害」と診断された。免疫が自分を攻撃する自己免疫疾患で、根治治療が望めない病気だ。 

「一生車いすになるかもしれないから、介護の勉強をしてください」 

 担当医は坂井田さんの母親にそう告げたという。 

「発症後、体の炎症を抑える治療が2か月続きましたがまったく効果がなく、胸から下は、まひのままでした。胸のあたりをアイロンがけされるような痛みや排泄障害もありました」(坂井田さん・以下同) 

 急性期治療を2か月続けても回復は見られず、親指がわずかに動く程度。それからストレッチャーでリハビリテーション病院に運ばれた。 

 最初のリハビリの目標は「とりあえず立ってみよう」だった。 

「理学療法士さんに支えられて2本の平行棒を掴み、体の重力を感じることから始めました。2か月の寝たきり状態から立ち上がると貧血を起こすのでゆっくりゆっくり動きましたが、バランスボールの上に立っているかのようで足の裏が何も感じない。それでも人の力を借りて立ち上がれたときは涙があふれました」 

 体の機能の回復とともに坂井田さんは「立って歌う」ことを望み、毎日2時間半の体のリハビリに加えて、「歌うリハビリ」も毎日30分欠かさず行った。 

ソプラノ歌手・坂井田真実子さん
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「歌うことは私の使命なのでやめようとはまったく思いませんでした。お願いして病棟のフロアで歌った際、理学療法士さんから“声が出てるじゃない”と言われたけど、納得がいかず“この声は私の声じゃないです”と答えたのを覚えています。 

 私の体は“歌うための楽器”です。元の体に戻れないのなら、自分の体を見つめ直して新しい楽器を作り、新しいテクニックも身につけようと心に決めて体と歌のリハビリに励みました」 

 5か月かかって杖をついて歩けるまで回復して、リハビリ病院を退院した。その後、2度にわたる再発の影響で疲れやすくなり、現在は出かけるときには電動車いすを利用して、疲労を軽減している。 

 ソプラノ歌手として将来を嘱望され、これからという時期に悲劇に見舞われたが、悲観したり運命を恨んだりしたことは一切ない。 

「私はクリスチャンであり、神様を信じていることがすごく助けになりました。最初に発症して病院に運ばれる際も『あしあと』という詩にある“私はあなたを愛している。あなたを決して捨てはしない”という一節が心に響きわたり、自分は大丈夫だと確信しました。悲しい気分になったことも一度もありません」 

 現在も「天命」である歌を歌い続ける坂井田さん。患者会を立ち上げ、同じ境遇にある仲間に手を差し伸べる彼女はこう語る。 

「リハビリは社会に戻って生きる力を備える場所だと思います。ただし“これだけ克服した人がいるからあなたもがんばって”と伝えると、その言葉が重荷になる人もいるので慎重になるべきです。患者さんは周りの声に惑わされず自分の心の声を正直に聞き、理学療法士さんを信頼してリハビリに挑んでほしい。それが私の伝えたいことです」 

※女性セブン2026年3月26日・4月2日号

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