個人事務所の代表取締役も務め、夫を公私ともに支えた
夫は外で働き、妻は家を守ることが当たり前とされた時代。仕事と家庭を両立する五十嵐さんは中村への気遣いも忘れなかった。
「子供が寝静まってから出演作の台本に目を通すのが、五十嵐さんの日課でした。でも中村さんが帰宅すると台本をサッと隠して、夕飯の支度を始めたそうです。不規則な生活を送る夫に家にいる間はくつろいでもらうため、“仕事のにおい”を消したかったのでしょう。彼女は中村さんの個人事務所の代表取締役も務め、夫を公私ともに支えていました」(前出・芸能関係者)
文字通りの良妻賢母だった一方、1989年に「嫁姑戦争」が報じられたこともあった。
「当時はみそ汁の味付けや生活リズムの違いで諍いが起きたと報じられましたが、のちに五十嵐さんは『姑も私も(忙しくて)あれこれ考えている暇がない』と嫁姑の確執報道を一笑に付した。こうした報道が出たのも、五十嵐さんの家庭での振る舞いが注目されていたからでしょうね」(別の芸能関係者)

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育児が一段落したタイミングで五十嵐さんは、自分の夢を追いかけ始めた。1999年、都内にカフェ付きのフラワーショップ「パストーン」をオープンし、自ら店頭に立って客をもてなした。
「昔からお花が好きだった五十嵐さんは、いつかフラワーショップを経営したいと思っていたようで、いちばん下の子の手が離れてから店を始めました。カフェのメニューも彼女が考案し、器にもこだわりをみせていた。中村さんも妻の夢を応援していて、お客さんを連れて来ることもあったそうです」(ショップ関係者)
(後編へ続く)
※女性セブン2026年5月21・28日号