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在宅クリニック院長が語る「穏やかな死」に欠かせないもの「大切な“支え”に触れた瞬間に人は幸せを実感して理想の死を迎えられる」

めぐみ在宅クリニック院長の小澤竹俊さん
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 誰もが、後悔なく、理想的で、最高の大往生を迎えたいと願うのは当然だろう。では、臨床の現場で「命のともしびが消える瞬間」に向き合ってきた名医はどのような「極上の最期」を思うのか。気持ちや心が平穏なまま最期の瞬間を迎えたい──多くの人と同様、めぐみ在宅クリニック院長の小澤竹俊さん(63才)も「穏やかであること」を理想に挙げる。

「人生の最期はうつらうつらと眠る時間が増えてあまりお腹が減らず、目を閉じる時間が長くなって、まもなくそのときが来るなと自覚します。その際に気持ちや心が穏やかであることが私の理想の最期ですね」(小澤さん・以下同)

 とはいえ穏やかに亡くなるのは簡単ではない。なぜなら死に向かってさまざまな機能が衰えていくなか、人間は「自分ひとりでできないこと」が増えるからだ。

「私は死というものは人生に突如現れるものではなく、変化のひとつとして捉えています。心筋梗塞や事故などは別として、一般的に人生の最期はだんだんと眠る時間が長くなり、歩く距離が短くなって買い物にもゴミ出しにも行けなくなる。どこにも行けず、やりたいこともできなくなる。

 では、どう心穏やかでいるか。この問いには正解がなく、人によって答えが異なります」

 できないことが増えるなか、心が穏やかになれる方法の1つが「人に委ねること」だ。

日頃から自分を支えてくれているものについて考えておくことがポイント(写真/PIXTA)
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「老いていくときに最もつらいのはひとりでトイレに行けなくなることで、多くの人は『周りに迷惑をかけたくない』と苦しみます。でもその際に家族でも友人でも介護者でもいいので、誰かに委ねることができたら心が穏やかになる。ほかにもたとえば趣味の盆栽が手につかなくなって悲しくても、その盆栽を委ねる相手がいれば心が楽になります。自分ができなくなったことを代わりに託せる人がいれば、死に臨む気持ちが穏やかになるんです」

 穏やかな最期を迎えるためにもう1つ大切なのは「支え」があることだ。

「そもそも医療において気持ちが穏やかになるのは、苦しみの原因である病を取り除くからです。しかし『死』においては苦しみの原因である病を取り除けないため、従来の医療の発想では死を前にして穏やかになることは不可能です。では苦しみがあっても穏やかになれるには何が必要なのか。それが『支え』です」

「支え」は穏やかな最期に欠かせない

 支えとは文字通り、苦しむ心の支えとなって穏やかさや幸せをもたらすもの。小澤さんはSMAPの曲『SHAKE』で支えのメカニズムを説明する。

「本来、ガムを踏むと嫌な心持ちになるはず。でもこの曲では、その日は大好きな恋人に会えるから、ガムを踏んでも怒らないしイライラしない。たとえ嫌なことがあっても、胸騒ぎがして“チョーベリベリ最高”な気分になれるのが『支え』の力なんです」

 支えは穏やかな最期を迎えるために欠かせないが、何が支えになるかは人によって異なると続ける。

「私が看取ったある50代女性は亡くなる前の2週間、高齢で施設にいた母親と自宅で暮らし、『自分は死ぬけどお母さんが幸せでいてくれたらうれしい』と言い残して笑顔で亡くなりました。また別の60代男性は『自分が死んだら先立った妻にようやく会える。これまでひとりぼっちで寂しかった』と語って幸せそうに旅立ちました。一方は残された家族を思い、一方は先に旅立った大切な人を思う。支えてくれる人が違ってもそれぞれ穏やかで幸せな最期を送れたと思います」

 体に変化が起こるとき、自分の支えが何であるか気づくきっかけになると小澤さんは強調する。

「先日、私が心筋梗塞になり入院している間、スタッフが代わりに苦労し頑張ってくれました。それが自分にとって支えになり、よいチームだと改めて心に留める契機になりました。

 仲間以外にも友人や家族、また人間ではない何かでも。大切な支えに触れた瞬間に、人は穏やかさと幸せを実感して理想の死を迎えられるはずだと信じています」

【プロフィール】
小澤竹俊/山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。横浜甦生病院ホスピス病棟長を経て、2006年、めぐみ在宅クリニックを開院。’15年には一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会を設立。 

※女性セブン2026年6月4日号

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