
「好きな数字は……ラッキーセブンの3!」「オフの日はあんまり仕事してないね」。そんな数々の“迷言”でおなじみだったガッツ石松さん(本名・鈴木有二、享年76)が肺炎で亡くなったのは、6月2日のこと。2023年9月の『NEWSポストセブン』のインタビューでは、毎日テレビや新聞をチェックし、都内の自宅で悠々自適の生活を楽しんでいると語っていた。
「ガッツさんはいつも夕方に散歩をしていて、背筋をシュッと伸ばして歩く姿が印象的でした。子供たちが家を出た晩年は、奥様とふたりで仲睦まじく暮らしていましたよ。ただ、今年に入ってガッツさんの姿をお見かけしないと思っていたのですが……」(近隣住民)
故郷の栃木県では「ウサギでもヘビでも何でも食べた」というほど赤貧の少年時代を過ごしたガッツさんは、中学卒業後にボクサーを志し上京。最期まで添い遂げた4才年上の妻・正子さんと出会ったのは、ボクサーとしてまだ駆け出しの18才のときだった。
「ガッツさんはデパートに勤めていた正子さんに一目惚れし交際を申し込むも、一度は玉砕。その後、タイトルを獲得しリングで頭角を現し始めた頃に正子さんと偶然再会し“ふたりで別々のアパートを借りるのはもったいない。一緒に住むべ”と、ガッツさんらしい文句で口説き落としたといいます」(格闘技関係者)
長女でタレントの鈴木佑季(53才)をすぐに授かり“できちゃった婚”をしたものの、生活はまだ苦しく「1杯のラーメンをふたりで啜る」ような新婚生活だったという。それでも「幻の右」と呼ばれた強烈なワンツーパンチを武器に1974年、WBC世界ライト級王座を奪取。日本人初の快挙だった。

「ガッツさんは獲得した200万円のファイトマネーを“必ず5回は防衛するから、おれにくれ”と正子さんに頼み込んで全額を使い、実家を建て直しました。お母さんは泣いて喜んだといいます。実際、ガッツさんはその後5度の防衛に成功し“有言実行”でした」(前出・格闘技関係者)
1978年に引退するとタレントに転身し「OK牧場」などのフレーズでお茶の間の人気者に。俳優としてもNHK連続テレビ小説『おしん』(1983年)や映画『ブラック・レイン』(1989年)など多数の作品に出演して活躍したが、衆院選に出馬して落選したこともあり、一時は借金が2~3億円もあったという。
「それでも正子さんは“いつだってあの人の夢を支えるだけですから”と密かに貯金していたお金も返済に充て、夫と伴走し続けました。ガッツさんが仕事に追われるなか、長女のほかに2人の息子も育てあげ、家庭を守り通したのです」(前出・格闘技関係者)
ガッツさんも仕事に邁進し、10年ほどで借金を全額返済。苦楽を共にした家族とは、10年ほど前までよく近所の居酒屋に訪れていたという。
「奥様はハキハキした人で、お子さんたちと賑やかにお話をされていました。ガッツさんはお酒を飲むときは必ず一杯ごとに水を飲み、酔っ払わないように気をつけながら、妻子を優しく見守っていた。朗らかで素敵なご家族でしたね」(常連のひとり)
極貧時代や借金苦を乗り越え、愛妻と温かい家庭を築いてきたガッツさん。裏表のない“伝説級”の生涯だった。
※女性セブン2026年7月2日号