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《壮絶な闘病生活だった》愛の伝道師・美輪明宏さん「130坪の終の棲家」で過ごした晩年、不安だった脳梗塞の後遺症「かなり重い症状もあった」

愛の伝道師と呼ばれた
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その歌で、演技で、含蓄のある言葉で日本中を魅了した美輪明宏(本名:丸山明宏)さんが、6月20日に老衰のため死去していたことが明らかになった。享年91。所属事務所によれば、通夜、告別式は本人の意向で近親者だけで行われ、お別れの会やしのぶ会の予定はない。

「コロナ禍をきっかけに仕事をセーブし、2020年から2025年までは冠番組のNHK・Eテレ『美輪明宏 愛のモヤモヤ相談室』ぐらいにしか出られていませんでした。その『モヤモヤ相談室』も去年の8月を最後に放送されていません」(芸能関係者)

ここ数年、美輪が壮絶な闘病生活を送っていたことはあまり知られていない。体力維持に努める一方で老いを受け入れた美輪は故郷の「墓じまい」を済ませ、着々と生前整理を進めていた──(前後編の前編)

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うだるような暑さとなった2022年の7月上旬のある日の午後。陽炎が立ち上る都心の道を、ゆったりした足取りで歩いていたのは美輪さんだ。付き添いの男性に支えられながら一歩一歩、自らの足で歩を進めていく。かつてスピリチュアルブームの火付け役となり、「愛の伝道師」と称された美輪さん。トレードマークの金髪は帽子に隠れているが、それでも全身から放たれる“オーラ”は衰えていない。

たどり着いた先は、神経内科の専門医として定評のある院長が運営するクリニックだった。2019年9月、美輪さんは自宅で言葉がうまく出なくなり、病院で軽い脳梗塞と診断された。予定されていた公演を中止して2週間の入院生活を送った美輪さんは、病院から関係者にこんなメッセージを送った。

《ご心配をお掛けしました。申し訳ございません。ですが私は不死身です。不死鳥のように蘇ります》

宣言通り3か月で復帰したが、その後は仕事をセーブ。芸能活動70年を迎えた昨年も特に大きなイベントを行うことはなかった。

「コロナ禍になってから本格的に仕事を減らし、舞台に立つこともなかった。自分がコロナに感染して、多くの人に迷惑をかけてはいけないという美輪さんらしい配慮や気遣いもあったようです」(美輪の知人)

この数年は病との闘いの日々だった。

「2022年頃には都心の大学病院や医療センターで頻繁に目撃されていました。若い頃から気管支炎に悩まされていた美輪さんは、過去に何度も重い病に倒れ、そのたびに復活を遂げています。しかし、年齢からくる体力の衰えは否めず、2019年に患った脳梗塞の後遺症にも不安が残る。近年は神経系の不調も訴えていたそうで、かなり重い症状も出ていたといいます」(前出・芸能関係者)

美輪さんが日々を過ごしていた都内の自宅は、130坪の敷地に建つ南欧風の大豪邸。30代から慣れ親しんだこの邸宅を、美輪さんは終の住み処と決めていたという。

「2021年1月、長年所有していた新宿のマンションの一室を売却しました。近くにかかりつけの耳鼻科や行きつけの宝飾店がある新宿は、思い入れの深い街ですが、近年は出向く機会がほとんどなく手放すことにしたといいます」(前出・美輪の知人)

闘病生活のなかで美輪さんが進めていた“生前整理”。生まれ故郷の長崎でも大きな変化が起きていた──。

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