
誰にでも平等に訪れる「死」だからこそ、自分が思うような最期を迎えたいと願う人は多い。さまざまな人生の終い方があるが、どんな憧れの死に方があるのだろうか。高齢者医療専門病院に勤務する現役の医師でもある作家の南杏子さん(65才)はこう語る。
「500人ほどいる入院患者の平均年齢は90才で、100才超えも2桁います。終の棲家となることが多く、大勢の患者さんが亡くなる姿を目の当たりにしてきました」(南さん・以下同)
その経験のなかで、理想的と感じる亡くなり方として2例をあげる。
1人目は老衰で亡くなった98才の女性だ。
「自由に、思うように生きることを望んで、100才近くになっても“若い人たちみたいに子供を持たない自由な人生を生きてみたかったわ”と斬新なことを言う女性でした。入院中も“健康に悪いなんて医者の嘘よ。こんなに長生きしたんだから”とお酒やたばこを嗜み、病床に小説をずらっと並べてカッコよく過ごしていました」
家族が見舞いに来ることはほとんどなかったが、幸せそうな最期を迎えた。
「家族に囲まれて亡くなるのが美しいとのイメージがありますが、彼女はそんな光景を望むことなく、のびのびと生き切りました。私たちスタッフも、すべてが彼女の思う通りになるよう支えて、やり切った人生だったと思います」

2人目は神経性の難病を患った78才の男性だ。
「徐々に神経が働かなくなり寝たきりになって最後の段階で入院しました。もともとビジネスマンでバリバリと仕事をしていたかたで、病に負けることなく徹底的に闘いました。
意見の分かれる延命治療にも積極的で、胃ろうでも点滴でも何でもいいから延命措置をしてくれという姿勢でした」
男性を懸命に支える家族の姿も印象に残っている。
「一晩でも家に帰りたいと望む本人のため、家族は痰の吸引法を一生懸命覚えました。家族一丸となって闘病生活を支えたおかげで患者さんは死の淵から何度もよみがえり、当初はクリスマスを越えられないと診断されたのに最期は桜を見ることができた。こちらも幸せな死に方だったと思います」
多くの高齢者を看取ってきた南さんは医師の立場から、うらやましい死に方には3つの条件があると語る。
「まず“その人らしさ”が最期まで守られるかどうか。例にあげた98才の女性と78才の男性は方向性こそ違えども、ともに本人の望みをまっとうしました。
加えて“苦痛がない”ことと、“家族が納得していること”も大事です。現実には、亡くなる過程で体力が落ち意識が混濁して清潔さを失うなど、きれいに亡くなるのは簡単ではありません。でも亡くなるまでの期間、本人が納得して痛くも苦しくもなく、家族も応援する時間を過ごすことができれば、幸せな死に方といえるのではないでしょうか」
※女性セブン2026年7月9・16日号