赤坂御用地の梅で梅酒をプレゼント
そんな和歌の大家が雅子さまと初めて会ったのはご成婚3か月前の1993年3月。約6週間にわたって行われた「お妃教育」の課目のなかで、和歌を担当したのが岡野さんだった。
「皇室にとって和歌は必須の教養で、50時間のお妃教育のうち最も長い10時間を費やして“授業”が行われました。英語、フランス語などの語学が堪能でも和歌には慣れ親しんでこられなかった雅子さまに、岡野さんは“五・七・五・七・七を指折りながら歌をつくる”ことから教えたそうです。
しかし、聡明な雅子さまから冒頭のように『おし照る』という古歌の言葉を使っていいかと尋ねられて、その鋭い言語感覚と勉強熱心な姿勢に岡野さんがうなる場面もありました」(前出・宮内庁関係者)

お妃教育が終わってからも岡野さんは月に一度ほど和歌の相談役として講義を務めた。そのたびに雅子さまは両手いっぱいの資料を抱えて現れ、師の話に熱心に耳を傾けられたという。
「温厚な人柄で語り口が軽妙な岡野さんのご進講は、雅子さまにとって心安らぐひとときで、雅子さまが赤坂御用地内にある梅林の梅でつくった梅酒を岡野さんにプレゼントされることもあったそうです。2007年9月に岡野さんが御用掛を退任してからも親交は続き、2013年に岡野さんが文化功労者に選ばれた際に当時の両陛下が開かれたお茶会には、雅子さまが10年ぶりに出席して恩師を祝福されました」(前出・宮内庁関係者)
その岡野さんに長年、師事したのが歌会始の選者となった秋山さんだ。
「秋山さんは岡野さんの薫陶を受けた直系の弟子で、当然、雅子さまも秋山さんのことは認識していらっしゃる。岡野さんが亡くなった年に、師と同じく選者に選ばれたのも何かの縁でしょう。今後、園遊会にも招待されるでしょうし、歌会始では、歌が選ばれた方たちと選者が両陛下と会話をする機会もあります。雅子さまと秋山さんが岡野さんの思い出に触れることがあるかもしれません」(別の宮内庁関係者)
雅子さまをはじめ、皇族方は12月上旬までに歌会始の候補作を提出する。来年のお題は「旅」。岡野さんは目や耳で景色を記憶することをモットーとし、ゼミ生たちに旅先へのカメラの持参を禁じていたという。先頃、オランダ・ベルギーへの歴訪を終えられた雅子さまが、共通の師を持つ秋山さんの前で披露するのは、かの地で目に焼き付けた景色の歌かもしれない。
※女性セブン2026年7月30日・8月6日号