
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
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豊かな田園風景が広がり、北海道内でも屈指の米どころとして知られる静かな街。その閑静な住宅街の一角で、平穏な日常を一瞬にして打ち砕く痛ましい事件が発生した。
2005年5月14日の昼過ぎ、住宅の一室で上田早苗さん(仮名・73才)が布団の上でぐったりとした状態で発見されたのだ。直ちに病院へ搬送されたものの早苗さんは死亡。司法解剖の結果、死因は頭部等への暴行による脳機能障害だと判明した。
暴行の容疑で逮捕されたのは、同居していた息子の清(仮名・46才)と、妻の美幸(仮名・30才)だった。
真相が明らかになると、のどかな街に衝撃が走った。
「数年前、地域住民の集まりに出席した早苗さんの顔には痛々しいあざがあったそうです。
心配した友人が声をかけると、早苗さんは声を潜めながら“嫁に髪の毛をつかまれて振り回された”と明かしたというのです。すでにその頃から、深刻な暴力が始まっていたと思われます」(地元紙関係者・以下同)
警察は早苗さんの全身に4、5か所のあざがあったことから、日常的に暴力が行われていた可能性が高いとし、長期間にわたって虐待行為が継続していたという線で捜査が進められた。
定職を失った焦燥から夫婦で殴る蹴るの暴行の非情
事件の10年前、早苗さんは息子夫婦が結婚したのをきっかけに、同居を開始。しかし、嫁姑の折り合いが悪くなり、1年ほどで別居に至ったという。
「それから5、6年が経ち、清の体調不良などをきっかけに、夫婦とその2人の子供が転がり込む形で再び同居生活が始まったそうです」
最悪の方向へと事態を加速させたのは、事件が起こる年の3月に清が会社を無断欠勤の末に解雇されたことだった。焦燥感と金銭的な行き詰まりから連日、夫婦の激しい口論が絶えなくなり、追い詰められた感情の矛先は無抵抗な母親へと向けられていったという。
事件前夜、無職の清は自宅1階にある早苗さんの寝室で美幸と仕事の件などをめぐり激しい口論になった。早苗さんは夫婦げんかを止めようと仲裁に入ったが、清はそれでさらに激高。早苗さんの胸ぐらをつかんで激しく揺さぶり、床に倒すと腹や頭を何度も力任せに殴り、蹴りつけた。
「さらに翌日の午前に“部屋に入るときにノックをしなかった”という理由で美幸が腹を立て、早苗さんの頭を殴りつけたうえ両足で体を踏みつけるという激しい暴行を加えました。
その日の午後1時半過ぎ、ぐったりと動かなくなった早苗さんに気づいた清が消防に通報しましたが、すでに手遅れでした」
裁判長は夫婦の身勝手で非人間的な犯行を厳しく指摘。被害者である早苗さんが残した無念さと深い苦痛に思いを寄せ、実母に直接的な暴行を重ねた清に懲役4年6か月、長年にわたり虐待を続けた美幸には懲役4年をそれぞれ言い渡した。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年8月20・27日号