
すべて想像の逆を行く男、高須克弥の破天荒な人生を描く連載『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』! 読めば悩みが全て吹き飛ぶ、そんなパワフルすぎる人生を、どうぞご堪能あれ。
第14話:逆張り失敗の話【前編】
1976年、名古屋一の繁華街、栄に高須クリニックは開業した。当時の美容整形の世界は「眼科医だったが失明させてしまったので、二重瞼専門に」といった、医療事故で病院を追われた“汚れ医者”しかいないような吹き溜まりで、そこに克弥は自ら飛び込んで行ったのだ。人生最大の逆張りである。
この時まだ「美容外科」という名称さえなかった。眼科、泌尿器科、産婦人科など病院の診療科名のことを標榜科目というが、そこに美容外科というものが存在しないので、美容専門医は「医者ではない」といわれていた。当然大学でもその技術は教えていない。それでも克弥は今まで自分が見て、習得した技術に絶対の自信があった。
一族を説得して、週に1日だけ許された美容整形であり、母と妻に保証人になってもらった借金で作ったクリニックである。
「日陰の存在だった美容整形を思いっきり明るい一等地で開業することなんて誰もやっていない。インチキくさいものでも良いところに出せば高級に見える。高級だからこそ、金持ちの患者が来るんだ」
克弥は保証人になってくれた人の気持ちも顧みず、内装は黒大理石を使って無駄に派手にした。決して失敗は許されない。
もちろん抜かりのない克弥である。開業前に広告は考えられるだけ打った。法律で決まった診療科しか書けないので、『整形外科、眼科、耳鼻科、泌尿器科、産婦人科』と書いて「あとはお察し下さい。外科、目、鼻、シモの方とくれば……本当は美容整形ですよ」というメッセージだった。
開業初日。克弥は自身の右腕であるミユキを連れて乗り込んだ。連れてといっても実際は、この年すでに結婚して子供もいたミユキが実家に赤子を預け、もらった軽自動車で克弥を一色町まで迎えに行き、そこから名古屋まで“連れて行った”のだ。自分の家がある豊田市から直接名古屋に行けば早いのだが、なぜか克弥を迎えに行くことで片道4時間くらいかかった。

こうして開業した高須クリニックの第1日目の売り上げは、ゼロだった。一人も患者が来なかったのだ。帰りの道中、克弥は不貞腐れて何も話さない。とりわけ狭い車内に地獄の空気が充満する。
──こんな車、もらうんじゃなかった。
ミユキはこのままどこかに車をぶつけてやろうかと思った。
そもそも美容整形が一般的ではない時代に、「お察し下さい」の広告では、お察ししようがない。それに一等地というのも裏目に出た。「整形した」ということは絶対に秘密にする時代である。そのクリニックに入るところを見られたくないからこそ裏路地にあったものを、明るいところに引っ張り出されては、患者は入りにくい。
こんな事情からか、なんと開業から2年間、全く患者は来なかった。見事な逆張り失敗である。週に一度の、克弥との2人きりの時間をミユキは持て余した。(中編につづく)
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【プロフィール】
家守鷹主(いえす・たかす)/テレビ局プロデューサーとして高須克弥氏と出会い、十数年来の友人。今回、その人生を小説として描きたいと依頼したところ、高須氏は一言“YES”と快諾し、ペンネームも命名。かくして、希代の人生物語が幕を開けた。
高須克弥(たかす・かつや)/1945年、愛知県生まれ。医師(美容外科、整形外科、形成外科。学位は医学博士)。2018年に自身の全身がんを公表(発病は2014年)。
※女性セブン2026年9月24日号