エンタメ

《最大で7000万円の借金》西村誠司社長がアンミカに明かした妻との秘話「創業時にはふたりでリュックを背負って、住宅街でチラシ配りをしました」

エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さんとアンミカさん
エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さんとアンミカさん(撮影/田中智久)
写真3枚

モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。第25回のゲストは俳優のエクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さん。

前編では、ド派手な豪邸やCMに隠された戦略から、コロナ禍での挑戦、不妊治療への思いまで語ってくださった西村社長。後編では、貧しかった幼少期から7000万円の借金を背負った起業当初の裏話、そして成功したいまだからこそ感じられる「本当の幸せ」について伺います!

アンミカ:西村社長は25才という若さで起業されて、今年で創業31年。人生の半分以上を経営者として走り続けていますが、起業する野心を抱いたのはいつ頃ですか?

西村:明確に志したのは、大学3年生のときです。友人にすすめられて読んだ小説『ケインとアベル』がぼくの人生を大きく変えました。

アンミカ:映画化や舞台化も多くされている、不朽の名作ですね。西村社長のご経歴からすると、名家に生まれたケインではなく、苦労が多い幼少期を過ごしたアベルに心動かされたんでしょうか。

西村:まさに境遇を重ねましたね。何もないところからアメリカに渡ってホテル王にのし上がっていくアベルの姿に触れ、「自分もこうなるぞ!」と誓ったんです。なんせ貧乏な幼少期でしたから。

アンミカ:ご実家は名古屋で飲食店を営まれていたとか。

西村:父親が小さな焼き鳥店をやっていました。ごく大衆的な店で、東京だったら赤羽とかの飲み屋街にありそうな感じです。お客さんも、日雇いで稼いだお金を博打で消すか酒で消すかの二択の人たちばかりでした。

アンミカ:貧しいけれど義理と人情にあふれていて。私が育った大阪の鶴橋とも似た空気を感じます。

西村:そういう店に集まる人たち特有の情の厚さ、人間くささってありますよね。起業してからは、非の打ちどころのない完璧なキャリアの人が、ゾッとする冷酷さを見せる場面にも出会います。人間の善しあしはお金の有無で決まらないと幼少期に実感できたのは、いい環境だったと思っています。

アンミカ:親の職場は、子供の社会の入り口だったりしますよね。

西村:店も順調で何不自由なく暮らしていたんですが、ぼくが小学校に入学する前に父が肝硬変になって、余命宣告されたんです。

アンミカ:それはご家族も驚かれたでしょうね。

西村:そこで母にお店をバトンタッチしたんですが、なんせ接客経験もない人です。3人の子を抱えて先行き不安な精神状態だったんだと思います。ほとんどお酒を飲まない人だったのに、お客さんにすすめられて酒を覚え、酒に逃げるように量が増え、重度のアルコール依存症になりまして。そこから一気に家庭が崩れていきました。

アンミカ:依存症になるほどだと、お仕事はおろか日常生活を送ることも難しいんじゃないですか?

西村:延々と酔っ払っていました。夜遅く家に帰ってきて、鍵が開いていることもわからず、石で窓ガラスを割って入ってきたり。もう毎日すごかったですね。

アンミカ:お父さんも闘病中で店を任せている立場ですし、なす術がなかったのではないでしょうか。

西村:いえ、ちゃんとブチ切れていましたよ(笑い)。大変そうでしたけどね。父の体調が急変して、吐血して救急車で運ばれたことがあったんです。急いで家に帰ったら、父は運ばれた後で、血がたまった青いバケツの横で、母が酔っ払って寝転がっていました。

アンミカ:壮絶ですね…。

西村:でも面白かったですよ。酔っ払うと、なぜか和田アキ子さんと森繁久彌さんが相談相手として舞い降りてくるんです。朝起きたら机に「頑張れ、アッコ!」という謎のメモが置いてあったりね。

アンミカ:お母さまの話をする雰囲気には、つらい過去というより、あたたかみを強く感じます。

西村:酒のせいでめちゃくちゃな人になったけど、根っこは面倒見がよくて人情味があったんです。酒のために子供を働かすような人でもなかったですしね。好きでしたよ。とはいっても、そういう状態だったので、母が店に立ち始めて1年くらいで店は人手に渡って、生活保護を受けました。

エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司
エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さん(撮影/田中智久)
写真3枚

貧乏暇なしの生活中、急に鳴った呼び鈴

アンミカ:中学1年生からは新聞配達をされていたんですよね。

西村:朝日新聞の朝刊と中日新聞の夕刊の配達をしていました。自分で買いたいものを買うためにやっていて、家計のために働く意識はなかったですね。

アンミカ:私も小学校から高校生まで新聞配達をしていたんです。体力的にも大変だし、周囲の目線も気になりませんか?

西村:夕刊の配達は放課後の時間帯なので、配達中に同級生に会うと心ない言葉を投げかけられるんです。それがつらかったな。

アンミカ:いつか見返してやる、と思いながらやり過ごしていたのかしら。

西村:いえいえ。ぼくは成績が学年1位で生徒会長も務めていたので、本気で馬鹿にされるほどではなく、相手にしませんでした。塾に行くお金もないから学校の授業だけでしたが、なぜか勉強がよくできたんです。

アンミカ:すごい!ご両親は成績を見てどういう反応でしたか。

西村:「突然変異だ」と言われました(笑い)。両親は中卒だったので、不思議がるばかりで。

アンミカ:何かを押しつけられることもなく、自由な環境だったのもよかったのかもしれませんね。

西村:自分ひとりで生きていかないと、とは強く思っていました。母は酔うと「誠司な、金がないのは首がないのと一緒だよ」というのが口癖でね。お金がなければ人権がないという嘆きです。それが頭に刷り込まれていたので、自分の腕一本で稼ぐしかないと学生時代から思っていました。

アンミカ:『ケインとアベル』との出会いよりも前に、起業家としての土台が築かれていたんですね。

西村:2年間はサラリーマンもしたんですが、ボイスメール機能を使って、スーパーの商品を遠隔注文できるサービスを思いついた瞬間に「これだ!」となりまして。「誰かにやられる前に始めないと」と思って、25才で会社を辞めて起業しました。

アンミカ:ウーバーイーツの電話版のような革命的なサービスですが、起業にあたって何から始めたんですか?

西村:結婚前の妻と一緒に、スーパーの野菜やお肉がいくらで売られているかを細かくメモして回ったりしていました。

アンミカ:結婚前から二人三脚で地道な努力をされていたんですね。

西村:あまりに長時間メモしていたので、他店のスパイと間違えられて店員に声を掛けられたこともありますよ(笑い)。

アンミカ:まさかのスパイ疑惑!

西村:創業時には、ふたりでリュックを背負って、住宅街を回り、ポスティングやチラシ配りをしました。道に捨てられて踏みつけられたチラシを見て悔しい思いもしましたね。

アンミカ すぐにでもドラマ化できそうな下積み話ばかりです。ドラマだったら努力の甲斐あって、事業は波に乗るはずですが…。

西村:大失敗して大借金(笑い)。

アンミカ:ありゃりゃ。

西村:会社が3期目に入った27才のときに最大7000万円の借金がありました。そのうちの3000万円は、義理の父が貸して支えてくれたんです。

アンミカ:当時はまだ結婚してなくて、「娘さんの彼氏」という関係性だったんですよね?

西村:そうなんです。本当に頭が下がります。

アンミカ:太っ腹なお義父さま。娘さんが西村社長を信頼しているのを知っていたんでしょうね。

西村:洗濯機も冷蔵庫もない、多摩川沿いの古いアパートに住む貧乏社長をよく支え続けてくれました。夜遅くに家に帰ると、ドアノブに彼女の手料理が入った袋が掛かっているような日々でした。

アンミカ:都心の一等地のご自宅にプールやサウナがあるいまの姿からは想像ができない生活です。

西村:そんなある休日、家にいたら家電量販店の配送担当の人が自宅に来たんです。

アンミカ:まさか…。

西村:彼女名義で、最新の洗濯機と冷蔵庫が届きました。ぼくを不憫に思って買ってくれたんです。恥ずかしながら、デート代も彼女が払ってくれていました。

アンミカ:いまの西村社長のご活躍を知っているから言えますけど、それはヒモです(笑い)!

西村:完全に同意です! そして借金が返せずに苦しんでいたときに、結婚しました。

アンミカさん
アンミカさん(撮影/田中智久)
写真3枚

成功した西村社長が手に入れられないもの

アンミカ:社長として成功してからではなく、苦労を共にしていた時期に結婚されたんですね。

西村:純粋に好きでいてくれたんだと思います。それに、絶対に成功すると信じてくれていました。

アンミカ:もう最高!夢に一直線で、瞳の奥がキラキラ輝く西村社長が魅力的だったんだろうなぁ。

西村:でも、甘い新婚物語を紡ぐ余裕はなくて、起死回生のアイディアを探すべく、お義父さんから借りたお金を使って渡米しました。

アンミカ:本当に綱渡りの起業人生だったんですね。

西村:それなのに、目当てにしていた展示会でめぼしいネタも見つからずに意気消沈。せっかくアメリカに来たからと、現地の友人に久々に会いに行こうとしたら、国内便のフライトが4時間遅れてしまったんです。海外で使える携帯電話を持っていなかったので、待ち合わせをしていた友人に連絡もできなくて困り果てました。

アンミカ:踏んだり蹴ったり。

西村:でも、そのときなんです。「海外で使える携帯電話を日本でレンタルできたら便利なんじゃないか」と思いついたのは。

アンミカ:ビッグビジネスの種は、自身が経験した不便さからだったとは。さすがです。

西村:早速、海外用携帯電話のレンタル事業を始めたら、それが大当たり。のちの『イモトのWiFi』へとつながっていきました。7000万円の借金も30才で完済できました。

アンミカ:大逆転!事業が成功されてからは、家族の形は変わりましたか?

西村:お義父さんとは一緒にこの自宅に住んでいますし、妻にだって贅沢をさせてあげられるようになりました。といっても、妻は欲がなくて、あまり贅沢をしてくれないんですけどね。

アンミカ:大切なものを大切に扱うことは、富を得ると難しくなる人もいると思います。常に華やかな場の中心にいる西村社長がブレないのは、なぜでしょう。

西村:ありがたいことに、お金を払って手に入れられるものは、ある程度手に入れられるようになりました。それで気づいたのは、いちばん大切なのは「信頼できる人と過ごす時間」ということ。家族はもちろん、社員のみんなや、社員の家族、患者さんたちと同じときを過ごして見る景色が、ぼくにとっての宝物なんです。

アンミカ:宝塚歌劇の貸し切り公演を主催して、関係者の皆さんをご招待するのも、同じ時間を共有したいという思いからですね。

西村:仕事という枠を飛び越えて、多くの感動を届けたいんです。「何を食べるかよりも、誰と食べるか」とよくいいますが、ぼくもその通りだと思っていて。だからこそ、その幸せを共有できる仲間を増やし続けていきたいです。

アンミカ:少し意地悪な質問ですが、西村社長が手に入れられないものはあるのでしょうか?

西村:うーん、やっぱり時々、両親と話したいなと思います。大切なものが明確になったときには、もう両親がいませんでしたからね。

アンミカ:もし叶ったら、ご両親と一緒においしいご飯をお腹いっぱい食べるんでしょうね。

西村:お酒は控えめにしてもらいます(笑い)!

アンミカ:あははは! ゴージャスな豪邸で、心の豊かさの大切さを学ばせていただきました。

西村誠司さんのHLLSPD

西村誠司さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はSmile、Peace、Dreamについて直撃!

Smileあなたを笑顔にする宝物は?

娘の笑顔

Peace:心が穏やかになる趣味や場所は?

宝塚歌劇やミュージカル鑑賞

Dreamm:これからの目標は?

不妊治療クリニックを増やして、多くのかたに命を届けたい

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/93年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。9月20日(日)、ホテルニューオータニ大阪で『アン ミカ プレミアムトーク&ディナーショー』を開催。詳しくは、ホテルニューオータニ大阪のHPまで。

◆エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司

にしむら せいじ/1970年生まれ。モバイル通信サービス『イモトのWiFi』、美容内科『にしたんクリニック』などを展開するエクスコムグローバル株式会社代表取締役社長。2022年には不妊治療専門の『にしたんARTクリニック』を開業するなどさまざまな事業を手がけている。

撮影/田中智久 構成/渡部美也 衣装/ワンピース/レオナール、ネックレス/ラクア、ピアス/アビステ(アンミカさん)

※女性セブン2026年9月24日号

関連キーワード