ライフ

『ママがもうこの世界にいなくても』最愛の家族を失った夫と娘は、どのようにして前を向き、歩んでいるのか 夫が記した「その後の家族の物語」

精一杯の愛情を注いだ和さん
写真3枚

「ひとことで言うと“怪獣に振り回されているうちに、5年経っていた”という感じです(笑い)。この7月に娘は6才になりました。来春には小学生なので、もう怪獣なんて呼べませんね。ランドセルを選ぶときは、“むらさき色!”と母親ゆずりの即断即決でした」

 9月8日、遠藤和さんの5回目の命日を迎え、夫の将一さん(35才)は笑顔を見せる。和さんがつづった、がん宣告と闘病、奇跡的な妊娠と出産、子育ての日々は、2021年12月に『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』というタイトルで書籍化された。治療か出産かの究極の選択や、出産後のかけがえのない毎日、娘の1才の誕生日を前にしての余命宣告など、和さんが旅立つまでの言葉には大きな反響があった。

 最愛の妻、そしてママを失った2人がどのようにして前を向き、歩んできたのか。髪も結えない、料理も苦手な夫は男手ひとつでどうやって子育てをしているのか──微笑ましくもあり、苦悩も感じさせる父娘のリアルを記した《あの日から、僕らは》を、3回にわたって特別に公開する。【第1回・前後編の前編】

この日のことはあまり覚えていない

〈2021年9月8日(水)

 和が亡くなった。この日のことはあまり覚えていない。お葬式は「青森がいい」と言っていたので、どうにかしなきゃと思ったのは覚えている。でも、いまは東京。田子町の葬儀会社で働いている先輩の姿がふと浮かぶ。ダメもとで連絡してみると「今晩出発するよ」と言ってくれた。〉

 1997年に青森県で生まれた和さんは、地元の飲食店で働いていた2016年に将一さんと出会った。

 2018年にがん宣告を受け、治療法を求めて2021年に東京に住まいを移していたが、最後は思い出が詰まった青森で送り出そうと将一さんが考えたのは、自然なことだった。

〈2021年9月11日(土)

 青森に着いて3日目だが、相変わらず娘は機嫌が良い。お気に入りのガーゼを握りしめて、「あう、あう」とおしゃべりをしている。幼い頃、和もガーゼが好きだったと、千春さん(義母)が涙をこぼしていた。亡くなる数日前から和のベッドに近づかなくなったウメ(註:飼い猫の名)だが、いまは和の棺のそばにいて、ずっと離れない。

 2021年9月13日(月)

 通夜。和の地元である青森の新聞「東奥日報」のおくやみ欄に掲載したのもあってか、たくさんの人が来てくれた。葬儀場は、和が社員として勤めていた回転寿司店の「函太郎」青森佃店と道路を挟んで真向かいの場所にあった。青森が狭いのか、何かの縁なのか。治さん(義父)に抱っこされた娘は両手を振り回して遊んでいる。いまの娘に「説明」や「理解」はいらないのかもしれない。〉

和さんが記した家族の物語の映画が、今年10月2日に公開される
写真3枚
関連キーワード