
草津温泉エリアにある群馬県の「栗生楽泉園」には、「重監房資料館」が隣接している。湯畑近くの電柱にも資料館の案内板が掲げられ、行き交う人々にその存在をアピールする。
重監房とは、1938年から1947年まで使われていたハンセン病患者専用の懲罰施設のこと。各療養所に設けられた監禁所とは別に、全国から「反抗的」「不穏分子」と見なされた患者を集めて収監する監房で、正式名称は「特別病室」。だが病室とは名ばかりで、秩序維持を掲げて患者を重罰に処すための施設だったことから、通称で重監房と呼ばれた。
約9年間に延べ93名を収監し、23名の命が失われたという。
杉自身、そうした事実を知って驚き、ハンセン病への理解を深めなければ──そう胸の内を打ち明けた矢先、「常に私が考えていることは……」と、言葉を詰まらせた。かすかに肩を震わせ、声にならない。会場が水を打ったような静寂に包まれていく中で、観客たちは杉の言葉をじっと待った。
「人は……人は……、苦しくともなぜ生きるのか」
ようやくしぼり出した声は、涙に濡れていた。
「真実を世の中へ、後世へと伝えることがきっと自分が生かされた意味でもあると。そういう役目なのだと勝手ながら思っています」
懸命に語る杉に、壇上で控えていた伍代がハンカチをそっと差し出した。
「長い間にこういう涙が何回かありました。震災に伴う原発事故収束の拠点となった福島県の『Jヴィレッジ』で作業をしてくれている人たちのためにチャリティーコンサートをしたときも、涙が止まりませんでした。何も悪いことをしていない人が放射能のせいで家に帰れないんです……」
杉の言葉を継いで、伍代や瀬川も決意を語った。
「杉さんは“知らせる役目を仰せつかったと思う”と話しましたが、私たちも同じ想いです」(伍代)
「私が大好きで尊敬する杉さんは、さまざまな人を想い、力を尽くされる方。ご夫婦での活動に私もお供して、元気の出る歌をお届けしていきます」(瀬川)
だが、その身を賭して世のために尽くす杉も、ひとりの人間。ときには体調が万全でないこともある。
今回、杉はギリギリの体力でステージに立った。施設を訪れる前に受けた抗原検査で陰性だった結果を踏まえ、「今日の体調は“小隊長”くらいです」と場を和ませながら、魂を燃やして二つの舞台を務めあげた。
人は、苦しくともなぜ生きるのか。その答えを探すように、杉は立ち止まらない。一途な歩みは、まだまだ続いていく。