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《まるで工場》高須クリニックの超・効率的な包茎治療術【第16話中編】『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』

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すべて想像の逆を行く男、高須克弥の破天荒な人生を描く連載『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』! 読めば悩みが全て吹き飛ぶ、そんなパワフルすぎる人生を、どうぞご堪能あれ。

第16話:包茎ブームの仕掛け人の話【中編】

──包茎のままでは一生童貞だ。

 純真無垢な青年たちが、万札を握りしめて高須クリニックに駆け込む事態が発生した。「仮性包茎は良くない」というのは日本史上、存在しなかった価値観である。これを克弥が作り上げた。おかげでクリニックは男性患者でパンパンになり、女性患者が全く来なくなったほど繁盛した。「美」に向かうどころか、“下”まっしぐらである。こうして1981年、克弥は遂に東京に進出し、赤坂に3店舗目の高須クリニックをオープンした。

* * *

 克弥はヤラセ記事を書いてもらうだけではなく、新しい包茎技術も開発した。

──最速かつ無痛でやるにはどうすべきか?

 克弥はまず、当時開発された最新のレーザーメス1号機を日本で初めて購入した。これで出血はなくなったが、まだ工程は多い。

──最新機器のみでダメなら、逆に過去にヒントはないか?

 文献を読み漁ると、第二次大戦の頃に開発されたクランプ式包茎手術器というものを見つけた。クランプ式は、筒のような真鍮にペニスを入れ、皮を挟み込み切除するというもの。スポッと被せて切ればいいので時短になる。しかしこれを使って皮をレーザーメスで焼こうとすると、クランプの銀色にレーザーが反射して発火してしまう。克弥は知り合いの鋳物工場にクロムメッキ加工をしてもらい、この危険を排除した。

 さらに1回の来院で完結できる方法を考えた。術後すぐに勃起してしまっては傷口が開いてしまう。そこで溶ける糸で縫い合わせ、接着剤でくっつけた。これで患者は抜糸のために来院する必要がなくなる。この結果、手術時間は従来の3分の1、たった10分になった。最新技術に過去の技術を組み合わせるという、克弥の発想の勝利だった。

1976年に刊行された書籍『危ない健康法』の出版記念パーティー。(本人提供)
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 赤坂院は男性患者でごった返していた。診察室は10部屋あり、患者は下半身を出して手術台に寝る。下半身より下はカーテンで仕切られ、患者からは見えない。そのカーテンの先はつながった一つの部屋になっていて、医者と看護婦が行き来する。クランプをはめる係、レーザーで焼く係、縫う係と担当を決めて流れ作業で包茎を切っていく。一人では対応できないので、克弥は昭和医大の形成外科医たちをバイトで使い始めた。

「こんなに儲かるのか」

 バイト代の高さに医局員たちは驚いた。そしてそのまま高須クリニックに就職する医者が増えていった。元祖「直美」である。これを後に東大で批判する克弥が、日本で一番最初にやっていたというのであるから開いた口が塞がらない。遂には教授や助教授までがバイトに来るようになり、昭和医大の医局が、すっからかんになってしまうという事態が発生した。さすがにこれには昭和医大も動かざるを得ない。(後編につづく)

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【プロフィール】
家守鷹主(いえす・たかす)/テレビ局プロデューサーとして高須克弥氏と出会い、十数年来の友人。今回、その人生を小説として描きたいと依頼したところ、高須氏は一言“YES”と快諾し、ペンネームも命名。かくして、希代の人生物語が幕を開けた。

高須克弥(たかす・かつや)/1945年、愛知県生まれ。医師(美容外科、整形外科、形成外科。学位は医学博士)。2018年に自身の全身がんを公表(発病は2014年)。

※女性セブン2026年10月15日号