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《67才で社交ダンスをスタート》バイタリティあふれる81才コーディネーター・加藤タキさんのロールモデルは104才まで生き抜いた母

マイクを持つ女性
コーディネーターとして国境を越えて活躍する加藤タキさん(81才)
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「もういい年だから…」と、年齢を理由に自分の可能性を狭めていないだろうか。そんな世間の“年齢の壁”を軽々と乗り越え、80才を過ぎたいまも第一線で活躍している先輩がいる。コーディネーターの加藤タキさんに、いくつになっても枯れることのない「元気の秘密」を聞きました。

「ねばならぬ」の枠を取り払い年を“重ねて”いく

7cmのヒールを履いて絶え間なくステップを刻み、鮮やかにターンを決める…スタジオで踊る加藤タキさんの、キレのある動きには圧倒される。

「社交ダンスを本格的に始めたのは67才。いまでは体重が10kg減り、太ももが4.5cmも細くなりました。背中のぜい肉がなくなった分、バストが豊かに!この年でも変われるんだから、人生、諦めたらダメよ」

汗を拭いながらそう明るく笑う。週2回、ダンスに打ち込む加藤さんだが、彼女を夢中にさせるのはそれだけではない。

「75才からシャンソンのレッスンとボイストレーニングに通っています」(加藤さん・以下同)

そのバイタリティーには驚くばかり。飽き性を自認するが、社交ダンスは年数回の発表会とパーティーへの参加を、シャンソンは発表会とライブステージへの出演を目指す。目標を決めることで高いモチベーションを維持しているという。

「ダンスとシャンソン、2つに共通するのが“表現する喜び”です。どちらもテクニックだけではなく、人生を積み重ねたいまだからこそできる表現がある。それが楽しいんです」

社交ダンス
社交ダンスは、パートナーとの信頼関係も重要。今夏の発表会で披露した、加藤さんの華麗なリフト!
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「おもしろそう」と思ったらやってみる。尽きない好奇心に従って行動するのが、加藤さんの信条。「年だから」と臆したり、諦めたりする選択肢はない。

「趣味だけでなく、仕事や人間関係もそう。自分に合うかどうかはやってみないとわからないし、違うと思えばやめたらいい。それは挫折ではなく、合わなかっただけ。『一度始めたら続けねばならぬ』『年相応であらねばならぬ』という『ねばならぬ』の枠を取り払うと、心が一気に解放されます。

年をとると、多くの人が『3つのD(だって、でも、どうせ)』を口癖にしがち。3Dを理由に何もしなければ、年は“とる”ばかり。でも、チャレンジ精神を持てば、年を“重ねて”いける。後者の方が楽しいと思うんです」

小さな変化に心が動く、心の柔らかい人間でありたい

加藤さんの考え方は、日本初の女性国会議員で社会運動家だった母・加藤シヅエさん(享年104)の影響によるところが大きい。

「母は、『シヅエ先生は100才なのにおしゃれですね』と言われたとき、『“100才らしく”とは誰が決めたんですか? 私は私らしくありたいだけ。これはおしゃれではなく身だしなみです』と言うような人。まさに『ねばならぬ』の枠のない人でした」

多様性を受け入れる精神も、母に学んだという。

「3才のとき、けがで血を流した私を抱きしめながら、『あなたが大きくなる頃には、目の青い人、肌の色が黒い人、金色の髪の人など、あなたと見た目が違う人たちと出会うでしょう。でも、けがをすれば、みんな同じ赤い血が流れるのよ』と言われました。もう80年近く前の言葉です。それ以来、『みんな違って当たり前』の精神が身についた。コーディネーターとして出会ったオードリー・ヘップバーンやソフィア・ローレンら世界的スターと裏表のない率直な交友関係が築けたのは、母の教えがあったからだと思います」

104才まで生き抜いた母の姿は、81才になった加藤さんの、今後の人生のロールモデルだという。

「母の『一生懸命生きていたら100才になった』という言葉が印象に残っています。80代だからこう、90代だからこうと無理に目標を見出す必要はなくて、ただ毎日を一生懸命生きる。その積み重ねが、結果としてはつらつとした人生につながるのではないかしら」

二人の女性
敬愛する母シヅエさん(当時99才、右)と加藤さん(当時51才)。シヅエさんは終戦直前、48才で加藤さんを出産した
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シヅエさんの言葉で実践しているのが「1日10回感動すること」だ。

「感動とは、『喜怒哀楽』も含め、心が動くものすべてのこと。泣きたいときは泣き、怒るときは怒る。これも感動です。母は、『日常のささやかな暮らしの中に、心に深く染み入る感動がある』とも言っていました。『今日の空がきれい』というように、身の回りの小さな変化に心が動く、心の柔らかい人間であり続けたい。その気持ちが私の元気の源ね」

◆コーディネーター・加藤タキさん(81才)

1945年生まれ。『タイム・ライフ』誌編集部を経て、オードリー・ヘップバーン、マレーネ・ディートリヒなど海外スターの出演交渉に携わるなど、日本における国際コーディネーターの草分け的存在。そのほかボランティア、講演、執筆など活動は多岐にわたる。

※女性セブン2026年10月15日号