エンタメ

《武井壮がアンミカに語った結婚願望》「ジャングルでメスのゴリラと仲よく暮らしているかもね(笑い)」

武井壮さんとアンミカさん
武井壮さんとアンミカさん(撮影/田中智久)
写真3枚

モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。

前編では、貧しい少年時代に「スポーツで人生をひっくり返す」と誓い、自らの体を研究して十種競技の日本一に輝くまでを語った武井壮さん。後編では、若くして亡くなった兄への思い、芸能界デビューへとつながったさまざまな縁、そして唯一無二の「百獣の王」が誕生するまでの道のりを伺います!

アンミカ:壮くんは新星のごとく芸能界に現れて、あっという間に人気者になっていったよね。

武井:新星といっても39才だけどね(笑い)。タンクトップ姿の男がいきなり出てきて「ぼくは百獣の王です」って。世間の人はなんだこいつって思ったんじゃない?

アンミカ:思った思った(笑い)。いきなり猛獣の倒し方をレクチャーし始めて、ハチャメチャなんだけど聞き入っちゃって笑っちゃう。現れたときから唯一無二の存在で、ジャンルが“武井壮”だよね。

武井:それを言うなら、あなたもジャンルは“アンミカ”でしょ。アンミカちゃんみたいな人はほかにいないもん。

アンミカ:うれし~!壮くんが39才で芸能界デビューしたきっかけはなんだったんでしょう?

武井:それは、大学時代に十種競技で日本一になったところまで遡るんです。

アンミカ:そこからなんだ!

武井:そもそも十種競技って知ってます?

アンミカ:えーっと、2日間かけていろんな競技をやるやつよね。

武井:そこまで知っているのはすごい!

アンミカ:こんなに曖昧なのに、ほめ上手(笑い)。

武井:100m走や走幅跳から円盤投まで、計十種の総合点を争う競技なんだけど、21才で競技を始めて2年半で日本チャンピオンになったんです。

アンミカ:研究熱心で身体能力が高い壮くんに向いている競技だったんだね。

武井:大学生のうちに日本一の称号を得たかったから、うれしかったけど、マイナーすぎたんだよね。

アンミカ:思ったより有名にならなかった?

武井:そうなの(笑い)!同い年にイチロー選手がいるんですよ。神戸学院大学で十種競技をやっていた時代、陸上競技場の裏手のグリーンスタジアム神戸(現・ほっともっとフィールド神戸)でイチロー選手が野球をやっていて。

アンミカ:目と鼻の先で、共にスポーツに打ち込んでたのね。

武井:イチロー選手は、210安打でプロ野球記録を出したり、その後日本一に輝いて年俸2億円とかの時代。「おれだって日本一なのに全然生活が違うな」と。

アンミカ:マイナースポーツの難しさですね…。

武井:ぼくは1997年に日本一になって、2000年にシドニーオリンピックがあったから、あらゆる団体に「イチロー選手は2億円もらってるのに、なんで陸上競技の1位は給料がないんだ!最短で日本一になったんだから、3年間で1億円くれ!」って直談判したの。

アンミカ:気持ちはわかるけど…すごい(笑い)。

武井:ぼくも若かったんです。提示額は断られたけど、800万円の報酬を提案されました。

アンミカ:十種競技の選手としては、妥当な金額だったの?

武井:破格でした。でも、自分の肉体と努力をこの金額では売れないと思って、「じゃあぼくはこれで引退します」と言って、そのまま引退しました(笑い)。

アンミカ:決断と行動が潔いったら。当時まだ20代半ばよね。

武井:24才。30代から芸能人になる修業を始めると決めていたから、陸上に区切りをつけて、芸能に役立つほかのスポーツを極めることにしたんです。

武井壮さん
武井壮さん(撮影/田中智久)
写真3枚

ゴルフ場に住み込み、10か月でスコア73

アンミカ:なるほど、ここで芸能界が出てくるんですね。それにしてもやっぱり急ね。どうして芸能界を目指したの?

武井:2才上の兄の夢だったんです。その兄が23才でがんを発症し、24才で亡くなっていて。

アンミカ:苦しい時代を助け合ったお兄さまとそんなに早い別れを経験していたなんて…。お兄さまが亡くなられたのとちょうど同じ年齢になってたんだ。

武井:兄は、生活を支えるために高校進学もあきらめて中卒で働いていました。俳優になりたいと言って坂上忍さんの付き人をしながらこつこつ頑張って。ようやくドラマとかに出られるようになった矢先に、がんになってしまった。

アンミカ:神様はあまりにも残酷ですね。

武井:一方で、陸上競技に打ち込んで自己ベストを更新し続けるぼくは、肉体が充実していくわけです。関係ないのはわかるけど、なんだか兄から吸い取ってしまったような気がして、複雑な気持ちだったんです。

アンミカ:親族が早くに亡くなると、「もっとできたことがあったんじゃないのか」とか、「自分があれをしたからじゃないのか」って責めちゃうよね。私も10代、20代で両親を亡くして、やっぱり自分を責めたよ。

武井:アンミカちゃんも若い頃に苦労しているもんね。

アンミカ:そうね。でも、夢に向かって前に動き続けないといけないタイミングでもあったから、暗いトンネルを抜け出せたかな。

武井:ぼくももともと、有名になって貧乏生活から抜け出したいと思っていたから、スポーツじゃなく、兄の夢だった芸能界でのし上がるのもいいなと思ったんです。

アンミカ:夢を継ぐ形で、壮くんの人生が方向づけられたのね。

武井:とはいえ、ぼくの武器はスポーツだから、芸能に役立つスポーツを20代で全部コンプリートして、30代から芸能の修業に入ろうと計画してたの。

アンミカ:1つはゴルフだ。冠番組をやってるもんね。

武井:当たり!当時新聞のテレビ欄を占めていたスポーツは野球とゴルフ。その2つは絶対に極めようと決めていた。

アンミカ:戦略家!まずはどっちから?

武井:アメリカでゴルファーを育成するプログラムを見つけて、「陸上の日本チャンピオンを史上最短でとった者です」と手紙を送ったら、テストを受けさせてくれて。ほぼ未経験ながら、全額免除で合格の切符を勝ち取りました。

アンミカ:日本一の肩書が生きてる!体の研究をしてきた壮くんには、ゴルフも簡単だった?

武井:いやいや、難解だったね。クラブが14本もあって、長さ、重さ、角度が全部違うし、芝や斜面も空気も毎回違うからね。陸上は、ほぼ同じ環境で、物や体を真っ直ぐ運べばいいだけだから、全然別物だった。

アンミカ:違いの説明もお上手なので、今度ゴルフを教えてほしいわ(笑い)。スコアはどうでした?

武井:言語の壁はあったけど、10か月でベストスコア73になんとか到達しました。

アンミカ:ちょっと待って!20年近くやって、たまに100切るくらいの私はなんなの!

武井:でも多分ね、その20年でアンミカちゃんがクラブを握っている時間よりも、ぼくが10か月で握っていた時間の方が長いと思うよ。ゴルフ場の中に住んで、毎日16時間もゴルフしてたもん(笑い)。

アンミカ:おみそれしました…。ここまで努力できる人に人生で初めて出会ったかも。

武井:なるべく短期間の方が経歴に箔も付くかなと。その後は台湾へ渡ってプロ野球のフィジカルコーチを経験しました。

アンミカ:欽ちゃん(萩本欽一さん)の野球チームにも入っていませんでしたっけ。

武井:台湾の後にね。もう30代になっていたから、トークの勉強をしようと芸能人の野球チームに入ったんです。でも1年ぐらいで萩本さんに「おれ、おまえの顔が嫌い」って言われてクビになりました(笑い)。多分、頑張ろうとしてガツガツ出すぎちゃったんだよね。

アンミカ:それが魅力なんだけど、相性とかもありますもんね。

武井:で、極楽とんぼの山本(圭壱)さんがやっている草野球チームが拾ってくれたんです。幸運なことにそこが芸能人の野球リーグで、縁がつながった。

アンミカ:少しずつ芸能界に近づいている!

武井:ミュージシャンから俳優、お笑い芸人などなど、テレビで見る有名人たちがわんさかいたんです。ここで一撃かませば芸能界にアピールできると、試合に命をかけましたね。

アンミカ:まずは記憶にね。

アンミカさん
アンミカさん(撮影/田中智久)
写真3枚

50代からの目標は、兄の夢だった俳優業

武井:ボテボテのファーストゴロでもボールを追い越してヒットにしたり、守備では外野からレーザービームでアウトを量産したり。

アンミカ:十種競技で鍛えた足と肩を使いまくってる!

武井:それで、その野球リーグ内で話題になって、表に出ることはまだないけど「ヤバいやつがいる!」と面白がってくれる人が増えたんです。その状況を近くで見てた山本さんが、芸能人のたまり場になっていた西麻布のバーを紹介してくれてね。そこが、ぼくの芸能界の修業の場でした。

アンミカ:夜な夜なバーでミルクのロックを飲みながら、犬用の骨形のガムをかじってたという伝説を聞いたよ(笑い)。

武井:最初の売り込みで、犬用のガムであごを鍛えながらミルクでたんぱく質とカルシウムを補給するキャラクターを作ったの。

アンミカ:そんな変な人がいたら私、速攻でLINEしちゃう。

武井:そうやって武井壮の存在を浸透させながら、バーにいる芸人さんたちのおしゃべりを全部録音して、盛り上がった部分を編集して、車の中で流し続けて真似していたんです。

アンミカ:どの業界でも壮くんは研究するんやなあ。

武井:内容も当然だけど、声色と強弱や間が大事だってわかった。その次にキャラが大事だと知って、動物たちを相手に無双する「百獣の王」にたどり着いたんです。

アンミカ:地道な努力の先に、毎回光が見えているのがすごい。最近はお芝居にも挑戦されて、インドやタイに世界進出もしているけど、いまの肩書は俳優?タレント?アスリート?

武井:一応、肩書は百獣の王ですよ(笑い)。50代は兄貴のやりきれなかった俳優をやろうという目標があったんだよね。10月から始まるドラマ『真田十勇士』(テレビ朝日系)でも、これまで培った身体能力を生かした演技ができていると思っている。俳優としては新人だからこそ、多くの経験をした自分の人生を芝居に込めていければうれしいなって。

アンミカ:何か次の人生展望はあるの?

武井:自分の時間をつくれるようになってきて、結婚願望も出てきました。どんな場所でも、どんな仕事をしていても、相手とハッピーな暮らしができるといいなって思ってる。百獣の王の子供もみたいしね(笑い)。

アンミカ:確かに!人に教えるのが上手だから、いいパパさんになると思うわー。

武井:ジャングルでメスのゴリラと暮らしているかもよ。無邪気でかわいいんだよって紹介するかも。

アンミカ:私ゴリラが大好きで、いつも動画で見ているから、それはそれでうれしいかも(笑い)。

武井:仲間愛が強くてね。動物って、人間が思っている以上に感情も思考も発達しているんだよね。手話を学んだゴリラは、正確に自分の感情を人に表現するんだよ。

アンミカ:アメリカのココちゃん!すごいよね。友達の猫が死んだら「悲しい」「話したくない」って伝えてくれたんだよね。

武井:そう!死も理解していて「苦痛のない穴で眠ってさようなら」って表現したんだって。

アンミカ:あれれ、結婚の話がゴリラの話になっちゃった(笑い)。

武井:百獣の王らしくて最高だ!

武井壮さんのHLLSPD

武井壮さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はSmile、Peace、Dreamについて直撃!

Smile:あなたを笑顔にする宝物は?

人が一生懸命な姿

Peace:心が穏やかになる趣味や場所は?

カメラ

Dream:これからの目標は?

俳優として成功すること

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。9月17日に自身がプロデュースした『ポジティブ手帳2027 365日、アン ミカ思考で幸運体質!』(小学館)が発売。

◆タレント・武井壮

たけい そう/1973年生まれ。「百獣の王」のキャッチフレーズでバラエティー番組を中心に人気を集める。近年はゴルフや海外での俳優活動など多方面でも活躍中。10月23日スタートのドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』(テレビ朝日系)に出演予定。

構成/渡部美也 衣装/ブラウス/レジーナロマンティコ、スカート/MARIKO、ネックレス/アビステ、ピアス/マナローザジュエル(アンミカさん)

※女性セブン2026年10月15日号

関連キーワード