社会

【1987年・新宿ビル地下室焼死体事件】「チャンネル争い」の嘘自供から一転 20年育てた義理の娘を金目当てで殺害した義父の末路

たくさんの万札
1億2000万円の大金に目がくらみ、犯行を決意(写真/PIXTA)
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古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。

1987年1月31日、東京都練馬区の警察署に、石井孝雄(仮名・43才)と相馬久美さん(仮名・49才)から「娘が25日から家出をしている」と捜索願が出された。

しかし、そのわずか2日後の2月2日、娘の相馬美海さん(仮名・22才)が新宿区内のビルで焼死体となって発見された。

遺体のあった地下室は人目につかない場所で、ビルの内情に詳しい人物の犯行とにらんで警察は捜査を開始した。

「孝雄と久美さんは結婚して20年、当時2才だった美海さんは久美さんの連れ子でした。孝雄は結婚生活中に借金を繰り返すなど家庭を顧みない性格で、事件の直前に離婚が成立していました。ただ事件当時はまだ同居しており、美海さんは久美さんの留守中に家からいなくなったそうです」(全国紙社会部記者・以下同)

遺体発見現場は孝雄が勤める会社の地下室だった。

「美海さんが失踪した翌26日から孝雄が欠勤していたことや、29日まで家に帰宅していないこと。また、捜索願を出した後に再び行方をくらませたなどの不可解な行動があり、警察は当初より孝雄が犯人だとにらんでいました。

孝雄が27日以降、美海さんの預金口座から4回にわたって現金を引き出したことが決め手となり、2月4日の夜に孝雄は殺人容疑で全国に指名手配されました」

「美海さんの殺害は残忍かつ非人間的犯行」

指名手配から4日後の8日、愛知県名古屋市のホテルに潜伏中だった孝雄は、愛知県警の捜査員に発見され、逮捕された。

「孝雄は逮捕後の取り調べで、“娘とテレビを見ているうちにチャンネル争いになり、カッとなってネクタイで首を絞めて殺した”と自供しています」

しかし、孝雄が美海さんの預金を引き出すなど、供述と捜査結果が一致しないことから取り調べは続けられた。その結果、本当の動機が明らかになる。

「久美さんは母娘の生活のためにアパート経営をしようと、自分名義の土地、建物を約1億2000万円で売却しています。

消費者金融などから約1400万円の借金をしていた孝雄はその金を奪おうと、20年ともに暮らした母娘の殺害を計画したのです。25日にまず美海さんを自宅の居間で絞殺し、車で発見現場の地下室へ運びました」

殺害後、孝雄は久美さんに「美海は家出した」と言ってごまかした。しかし、心配した久美さんの提案により、31日に捜索願を提出することに。

「久美さんを殺害する前に警察に捜索願が出されたため、孝雄は計画が狂ったと慌てました。そして、2月1日の朝、とりあえず遺体の身元を隠そうと遺体に灯油をかけて火をつけたのです」

あまりに凄惨な事件として検察は強盗殺人、死体損壊などの罪で無期懲役を求刑。裁判長は「金目当てに、20年余にわたって実の娘のように育てた美海さんを殺害した犯行は、残忍かつ非人間的」として、求刑通り無期懲役を言い渡した。

※年齢は事件当時。

※女性セブン2026年10月22日号