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《「またトラ」で起こる“食料危機”》トランプ氏再選で日本に流れ込む“リスクのあるアメリカ産食品” 日本で禁止されている農薬やホルモン剤が使われているケースも 

アメリカ大統領選挙で勝利し新たな大統領に選ばれたドナルド・トランプ氏(時事通信フォト)
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「自国第一主義」を掲げ、悲願の返り咲きを果たしたアメリカのトランプ次期大統領。11月6日の勝利宣言では「これは誰も見たことがないような運動であり、私はこれが史上最高の政治運動だったと信じている」と声高に語った。圧勝ともいえる結果で、「もしトラ」(もしかしたらトランプ)は「またトラ」(またトランプ)へと、現実のものとなったのだ。

メキシコへの関税を0%から200%まで引き上げ

選挙戦の最中から、不法移民の強制送還や、地球温暖化の抑制と持続可能な未来の確保を目指すパリ協定からの再離脱など、いくつもの過激な公約を主張していたが、とりわけ“強いアメリカ”を標榜し、トランプ氏が力を入れているのが経済政策だ。なかでも国内産業保護のための「輸入関税引き上げ」は、他国への影響が大きい。京都大学大学院環境学研究科准教授の柴山桂太さんが言う。

「関税の引き上げについて、トランプ氏はメキシコに対して200%、中国に対して60%、そのほかすべての国について10~20%ほどの引き上げを明言しています。第1次政権でも実行したので、これはやり遂げるでしょう。現在、アメリカの輸入額における関税額の割合は平均で3%前後ですから大幅な引き上げです」

関税が上がると、どのような影響が出るのか。各国からアメリカに向けた輸出品にかけられる税金が増えるため、必然的にアメリカ国内の市場において競争力は落ちることになる。みずからを「タリフマン=関税男」と自称するトランプ氏は、関税を上げることでアメリカ国内の雇用や製造業を守ると息をまいているが、実行すれば特に鉄鋼や自動車は厳しい状況に置かれると柴山さんは続ける。

日本の自動車産業にも大きな打撃の可能性がある(写真/Getty Images)
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「日本の自動車産業や鉄鋼業はアメリカ市場で大きなシェアを獲得しており、依存傾向にある。かつ、日本から直接アメリカに輸出されるのではなく中国をはじめとしたアジア諸国やメキシコに製造拠点を置き、そこで製造された製品を輸出しています。現在、メキシコはアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)という枠組みの中で、一定の条件を満たせば関税は0%なので、メキシコに対し200%の関税がかけられればメキシコだけでなく日本の製造業にもマイナスとなり、大きな打撃です」

農産物購入への圧力をかけてくる可能性

懸念すべきは、製造業だけではない。農産物でさらなる譲歩を迫られかねないという声もあがる。

「アメリカではいま、大都市で暮らすエリート層の生活はよくなっていますが、中間層や地方はまったく豊かになっていない。それどころか貧しくなっていて、トランプ氏は“メイク・アメリカ・グレート・アゲイン”を大義に、支持基盤である地方農業の利益を守ると主張しています。

実際、第1次政権でも、中国と関税額引き上げの応酬がありました。結果として、アメリカ国内で大豆が余るという事態になり、それを日本に“押しつけた”経緯があります。今回も、トランプ氏は自国のために、日本に農産物を購入するよう圧力をかけてくる可能性は充分あるでしょう」(柴山さん)

東京大学大学院農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘さんも指摘する。

とうもろこしの追加輸入を求めたトランプ氏と握手を交わす安倍元首相(2019年。写真/時事通信フォト)
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「トランプ前政権で、アメリカと中国の関係が悪化した2019年、中国はアメリカから買うはずだったとうもろこし約300万tの購入を拒否した。その最中に行われたG7サミット(主要7か国首脳会議)での日米首脳会談で、トランプ氏は安倍首相(当時)に日本に“肩代わり”するよう交渉してきました。日本はすでにおよそ1000万tのとうもろこしを購入しているにもかかわらず、その要請を受け入れたんです。

さらに、トランプ氏は2017年にTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を宣言し、日本と二国間での貿易交渉を進めることになりました。そこで、アメリカ産牛肉や乳製品、果物などの関税引き下げや輸入拡大を求めました。今回の選挙でトランプ氏が当選できたのはアメリカの農業界の強力な支援によるものが大きく、新政権でも農産物について前回以上に強気な交渉を迫ることが予想されます」

新たにアメリカ産牛肉の関税引き下げや輸入拡大を求める可能性がある(写真/PIXTA)
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鈴木さんは、「すでにその動きは始まっている」と続ける。

「いま、生食用じゃがいもについてアメリカからの輸入を全面解禁、つまり制限をかけずに輸入するという方向での協議が始まる動きがあります。かねてよりアメリカはじゃがいもの輸出を要請しており、日本は2006年に期間限定でポテトチップ加工用のじゃがいもの輸出を受け入れ、2020年には通年での解禁を決めた経緯があります」

加工用のじゃがいもとは異なり、生食用じゃがいもには危険があるという。

アメリカ産の生食用じゃがいもには重要病害虫がいるケースがある(写真/PIXTA)
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「アメリカ産じゃがいもには線虫という重要病害虫がいるケースがあり、日本での被害拡大を危惧してこれまで輸入は認められてきませんでした。しかし、いまそれすらも“解禁”しようとする流れがあるばかりか、それにあたって使用される農薬を食品添加物扱いとして規制緩和するという案まで出ています」(鈴木さん)

実際、2021年には野上浩太郎農林水産相(当時)が、農林水産委員会で「輸入後に繁殖用として転用可能であり、それを経路として国内に病害虫が侵入するリスクが大きいことから、病害虫の侵入防止に向けて、科学的根拠に基づいて引き続きより慎重な検討を行っていく必要がある」と述べた。

じゃがいも、牛肉、とうもろこしのほかに、“圧力”をかけられそうなのが乳製品と米だ。

乳製品はアメリカから圧力をかけられる可能性がある(写真/PIXTA)
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「日本は米、麦、肉、乳製品、砂糖について重要5品目として高い関税を維持して日本の生産者を守っています。トランプ氏がそれらの関税を下げるよう迫ったり、アメリカ産の購入量を増やすよう、交渉してくる可能性はあります。

日本の酪農はいま非常に厳しい状況で、手間もお金もかかるため利益が出なければすぐに廃業です。しかも、一度廃業したら、再開することは難しい。ですから政府は、しっかり生産者を守るよう警戒する必要があると思います」(柴山さん)

アメリカ産の食品に潜むリスク

日本の食料自給率は38%と極めて低い水準にある。アメリカからの輸入量が増えれば、自給率はさらに下がることになる。

「世界情勢の悪化や、気候変動で輸入がストップすれば国産食品だけで食卓をまかなうことはできず、食料危機は免れません。今春、天候不順や円安などの影響でオレンジ果汁の供給が枯渇し、市場からオレンジジュースが消える“オレンジショック”がありました。背景にはオレンジの貿易自由化で、輸入頼りだったことがある。これはほかの食品でも起こりうることです」(鈴木さん・以下同)

恐ろしいのは、“圧力”の末に日本に流れ込むアメリカ産の食品には、命を蝕むリスクのある食品が紛れ込んでいるということだ。

アメリカ国内でも、ホルモンフリー(肥育ホルモン剤や成長促進抗生物質などを使用しない)の肉や乳製品を求める消費者が増えている(写真/AFLO)
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「農水省が2017年に行った調査によると、アメリカ産の小麦の97%から発がん性の疑いが指摘される農薬が検出されました。

また、アメリカでは果物や穀物の収穫後に日本では散布が禁止されている防かび剤を使用しているケースがあります。毒性が強く、人体への影響も懸念されていますが、日本に輸入される際には“食品添加物”として扱われスルーされてしまうのです」

牛肉や乳製品も同様だ。

アメリカで飼育される牛や豚の飼料には化学物質が使用されていたり、成長を促す目的でホルモン剤が投与されているケースがある(時事通信フォト)
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「2022年、台湾でアメリカ産豚肉の輸入禁止を訴える大規模デモが起こりました。それは、アメリカで飼育される牛や豚の飼料に、興奮剤・成長促進剤として使われる化学物質が使用されていたことによるものです。それだけでなく牛には、成長を促す目的でホルモン剤が投与されているケースもあります。これは乳がんの増殖因子になると指摘されている。いずれも日本では使用が認められていません。

アメリカ産の食品がいままで以上に輸入されることになれば、こうした危険な食品を口にしてしまうリスクがそれだけ増えるということです」

教訓にすべきオレンジショック

来年1月に第47代アメリカ合衆国大統領に就任するトランプ氏だが、すでに各国首脳との電話会談などを行い始動している。返り咲きで、さらなる自国ファーストに意欲を燃やすトランプ氏が、今後どのような要求を押しつけ、交渉を仕掛けてくるかはまだわからない。柴山さんが言う。

「アメリカが強気の姿勢を示してきたら、日本も関税を引き上げるなど対抗措置をとるべきでしょうが、残念ながらそれはあまり期待できません。しかし、唯々諾々と要求を受け入れてしまえば、肉や乳製品などの分野でアメリカ産のものが溢れ、国産のものを食べたければ高いお金を払わなければいけない時代がやってくるでしょう。

そうならないためには、政府が農家や酪農家、畜産業などに対し、いままで以上に保障を手厚くすること。それを国民全体の総意にするなど、私たち消費者の意識を変えていく必要があります」

鈴木さんも続ける。

「安いからと輸入品ばかりを選ぶのは、日本の農業を衰退させるばかりです。オレンジショックを教訓に、国産食品を選び国内農業を守るという視点をしっかり持つことが求められます」

トランプショックを悲観するだけでは、私たちの食卓を危機から守ることはできない。

※女性セブン2024年12月5日号

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