
白髪、老眼、難聴、更年期、気力や体力の衰え……数えだしたらきりがない「老い」。若い頃と違い、できることも少なくなり、「年をとりたくない」と思う人がほとんどだろう。しかし、実際は年をとってからが、あなたの本当の幸せの始まりだった。年齢だけでなく自然と自分もアップデートされて、すてきな人生が待っている。【前後編の前編】
「人生の幸福度は、80代でピークを迎える」との研究
若い頃は元気でも、徐々に衰えを感じ始める中年期を過ぎ、還暦を迎えて70代、80代に突入すると気力や体力が底をつきかける。
その年代になると足腰が衰えてうろ覚えが多くなり、できなくなることが増えて生きがいをなくし、孤独感とともに表情に陰りを帯びていく──。
人生の終盤に向かうとさまざまな面で老いが進み、気持ちが塞ぎこんで不幸になっていくと考える人は少なくない。
だが、そのイメージは間違いかもしれない。
「実は人生の幸福度は、80代でピークを迎えるとの研究があります」
そう語るのは、高齢者医療に詳しい精神科医の和田秀樹さんだ。

「高齢になるほど老化が進み、離別や喪失を経験するので幸せと縁遠くなると思われるかもしれません。しかし、アメリカのダートマス大学のデービッド・ブランチフラワー教授が世界132か国で『人生の幸福度と年齢』を調べた研究では、人生でもっとも幸せになるのは80代でした。
これは世界共通の傾向であり、日本の場合、もっとも幸せな年齢は82才以上とのデータがあります」(和田さん)
一般に幸が薄くなると考えられる老後に、逆に幸福度が上がる現象は「エイジング・パラドックス(加齢の逆説)」と呼ばれる。
この奇妙な逆説はなぜ生じるのだろうか。
何事も寛容に受け止めることが老後の幸せにつながる
「いろいろな年齢の患者さんを外来で診ますが、80代のおばあちゃんはすごく幸せそうです。めちゃくちゃハツラツとしていて、笑顔があふれていますよ」
そう明るく語るのは、函館稜北病院総合診療科の医師である舛森悠さん。毎日の臨床現場でエイジング・パラドックスを実感している舛森さんは、老後に幸せになるポイントは「しがらみからの解放ではないか」と分析する。
「年齢を重ねるなかで、出世欲や金銭欲、名誉欲や他人との比較といったさまざまなつながりやしがらみから解放されると同時に、“あれも大事、これも大事”という欲や、“かくあるべき”との思い込みが徐々にそぎ落とされ、いまそこにある喜びや幸せに集中できるようになるのでしょう。実際、診療室に入るときに幸せそうな顔をしている高齢の患者さんは何かに集中していたり、夢中になったりしているかたが多いです」

熊本リハビリテーション病院サルコペニア・低栄養研究センター長で医師の吉村芳弘さんは「寛容さ」に老後の幸福の源泉を見出す。
「人間は年をとると、経験が蓄積されて寛容になります。特に80代まできたらもう高望みもしないし、“自分が、自分が”という感情がなくなり、身近な幸せを感じることが前面に出てくるのだと思います。年をとって心身が衰えて悲観的になるのではなく、とがったところがなくなり、何事も寛容に受け止められるようになることが、老後の幸せにつながると思います」
年齢を重ねるにつれて、「周囲との比較」で幸福度が高まる面もあるという。
「幸せというのは主観的なもの。自分が幸せだと感じれば幸福度が上がります。80代になると周囲の人がだんだん歩けなくなったり、ぼけ始めたりするので、まだ歩けてぼけてもいない自分は幸せだと感じるケースが多い。高血圧や脳梗塞で軽いまひがあるなどの持病があっても、周りにもっと不幸な人がいれば“私はまだマシだ”と感じるわけです。そうした面も主観的に80代の幸福度を上げているはずです」(和田さん)
若いときと比べて、病気や体調不良とのつきあい方が上手になる点も高齢者のアドバンテージになる。

「若い頃はかぜや肺炎、虫垂炎などの病気を薬で治して乗り越えますが、高齢者は高血圧や糖尿病など、薬をのんでも完治しない慢性疾患と根気よくつきあって、折り合いをつけます。そうした経験を重ねるうちに病気に対する考え方がアップデートされ、外来や訪問診療の場で“先生はそう言うけれど、私はこうしたい”と自己主張される患者さんが目立ちます。肝が据わって自立している高齢者が多いことも、人生をポジティブに受け止めることにつながっているのだと思います」(舛森さん・以下同)
他方、80代はさまざまな経験を積んで人生を達観したり、自分や周囲が病や不調に見舞われるだけの年代ではなく、まだまだ伸びしろがあることも確かだ。
「私は北海道・函館で地域の高齢者医療を行うなかで、もともと持っていた高齢者のイメージが変わりました。人間には、加齢とともに何かを失うだけではなく、豊かになる面もたくさんあります。
例えば、語彙力・ボキャブラリーは、学び続ければ年齢を重ねてもずっと伸びていきます。実際に高齢の患者さんのなかには楽しいことや関心のあることを突き詰めることが楽しく、いまの自分がいちばん若くて幸せというかたがいます。接していてすごいなと思うし、いろいろと学ばせてもらっています」 「今日が人生でいちばん若い日」であることを、多くのシニアが実感している。
40代は将来への不安もあり心身のバランスを崩しやすい
エイジング・パラドックスには別の側面がある。
「先のブランチフラワー教授の研究によると、人生の幸福度は18才から下がり始め、先進国は47.2才、途上国は48.2才でもっとも不幸になることがわかりました。別の研究では、日本人の幸福度の底は49才でした」(和田さん・以下同)
日本の場合、幸福度のグラフは49才で底を打ち、それから82才に向けて緩やかに上昇する「U字カーブ」を描く。
50才前後でもっとも不幸になるのはなぜか。和田さんはここでも「周囲との比較」を理由にあげる。
「この年代は会社の昇進や、子供の受験などのライフイベントがあり、周りと比較して“あいつは幸せなのに、自分はまるでダメだ……”などと落ち込みやすい。
また、少しでも体調不良になると、つい最近までバリバリと仕事をしていたときの自分と比べてしまい、幸福度が下がると考えられます」
吉村さんは、中年期に悩みや葛藤、不安などを抱く「中年の危機」の影響を指摘する。
「中年期になると社会的な責任感が大きくなり、心身の衰えを徐々に自覚します。自分の変化だけでなく、親の介護や子供の世話も加わり、さまざまな面で重荷が増えて、心理的に中年の危機を迎えやすくなります」
40代はまだ人生の半ばで先行きが長く、それが逆に落とし穴になり得る。 「ある程度年齢を重ねると自分にとって大切なことを見極められますが、40代はまださまざまな可能性があり、選択肢が多くてなかなか決断できません。
この先の自分の将来がどうなるのかという不安もあり、心身のバランスを崩すケースが多くなります」(舛森さん)

実際に不調を訴える人も多い。厚生労働省の「令和2年患者調査」によると、うつ病(躁うつ病含む)の年代別患者数は、男性は50代がトップで40代が2位、女性は40代がトップで50代が2位だった。また、精神及び行動の障害の年代別患者数は、男女とも40代がトップ、50代が2位となった。
49才で幸福度が底を打つことには、生理的な根拠もありそうだ。
「人間は30才を超えると年1%ずつ全身の筋肉量が減ります。大まかに言って40才で10%、50才で20%も筋肉が減り始めるとホルモンバランスが崩れ、心身に異変が生じやすくなります」(吉村さん)
和田さんが続ける。
「40代から50代にかけて人体は大きく変化します。40代からは前頭葉が萎縮し、セロトニンなどの脳内伝達物質が減少するといった脳の老化現象が始まり、男性はテストステロン(男性ホルモン)、女性はエストロゲン(女性ホルモン)が減少して中性化することに伴い、疲労感や倦怠感、抑うつ症状、多汗、動悸などのいわゆる更年期障害が生じることがあります」
そうした体内の変化が「不幸感」を高めている可能性があるのだ。
(後編に続く)
※女性セブン2025年1月16・23日号