われわれの心と体に直結している「呼吸」。呼吸こそ、健康に長生きするための柱とも言える。では、具体的にどんな呼吸を行えばいいのか具体的に解説していこう。
『鬼滅の刃』でも注目の「呼吸」
映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が大ヒット中だ。公開から1か月を迎えても人気は衰えず、興行収入はすでに200億円を突破。子供から大人まで、日本中が『鬼滅の刃』に夢中になっている。
主人公の炭治郎らは、特殊な呼吸法を使って刀を振るい、人を食う悪鬼を倒す。『鬼滅の刃』で描かれるのはファンタジーの世界だが、呼吸は古くから禅や武術の世界で重視されてきた。呼吸には、人間にとって、ただ酸素を取り込んで生きる目的以上の意味があるのだ。
◆呼吸をコントロールできれば心身に効果
米ハーバード大学や仏ソルボンヌ大学などで最先端医療に携わる医師で医学博士の根来秀行さんが言う。
「人間は1分間に平均15回ほど呼吸しています。1日に換算すると2万1600回、1年では788万4000回にもなります。水は5日くらい飲まなくても生きていられますが、呼吸が止まれば間違いなく数分で死に至る。生命の維持に欠かせないものだからこそ、呼吸に意識を向けてコントロールすることができれば、心身に計り知れない効果をもたらすことができます」
呼吸法を正しく身につければ、さまざまな健康効果が期待できるということだ。いまこそ「呼吸」をきわめてみよう。
呼吸と自律神経の関係とは?
いまやわれわれの暮らしは、パソコンやスマートフォンなくしては成り立たない。高度にIT化された現代社会では、呼吸が浅く速くなりがちだという。
「呼吸は自律神経と密接にかかわっています。自律神経には、心身を活動モードにする“アクセル”の交感神経と、リラックスさせる“ブレーキ”の副交感神経がある。毎日忙しくしていると、交感神経が優位になり、呼吸が浅くなります。これが習慣化すると、横隔膜などの呼吸筋を充分に使わずに、胸や肩でばかり息をするようになり、さらに呼吸が浅くなります。30秒間息を止めてみて、すぐに“苦しい”と感じるなら、日頃の呼吸が浅くなっている可能性が高いでしょう」(根来さん)
◆コロナ禍で呼吸がおろそかになる人が増加
東邦大学名誉教授で医師、脳生理学者の有田秀穂さんは「コロナ禍において、さらに呼吸がおろそかになっている」と指摘する。
「家の中で体をあまり動かさず、リモートワークが中心になり、パソコンやスマホを使う時間が長くなっています。人は、パソコンに向かうなどの細かい作業に集中すると“息が詰まる”ことがある。文字どおり、自然と呼吸が浅く速くなっているのです。一時的ならまだしも、この『浅速呼吸』が常態化すると、疲れやすい、イライラする、うつ状態になるなど、心身ともにさまざまな問題が出てきます」
深い呼吸によってむくみ改善や認知症予防も
その理由は、脳内で分泌される幸せホルモン「セロトニン」が不足するから。
「セロトニンには、気持ちを安定させてネガティブな気分を改善させたり、自律神経を整えたりする働きがあります。セロトニンは呼吸や咀嚼といった日常活動の刺激によって作られますが、常に呼吸が浅いと、セロトニンを作る神経そのものが衰えてしまうのです」(有田さん)
◆セロトニンの分泌量を増やす
裏を返せば、深い呼吸を意識的に行えば、誰でもセロトニンの分泌量が増えて、脳がセロトニンを分泌しやすくなり、毎日を元気に過ごせるようになるということだ。深い呼吸法の効果はそれだけではない。
「深い呼吸を行えば、全身の毛細血管が開いて老廃物がスムーズに排出されるようになります。体のむくみも改善されるほか、最近の研究ではアルツハイマー型認知症の予防にも関係があることがわかっています」(根来さん)
セロトニンを増やす「セロトニン呼吸法」のやり方
有田さんが提唱するのが、セロトニンを増やす「セロトニン呼吸法」だ。
「息を吸うのではなく、吐くところから始めるのがポイントです。『あー』としっかり声を出して、吐くことに集中しましょう。7~8秒くらいかけてゆっくり息を吐き切ったら、また息を吸って、声を出して吐くのを繰り返してください。吸うときは、吐く息と同じくらい時間をかけるのが理想ですが、一気に吸ってもかまいません。いちばん大事なのは、呼吸に集中して、5~30分間続けること」(有田さん・以下同)
◆セロトニン呼吸法の効果とは?
いすに座っても、あぐらをかいても、どんな体勢で行ってもかまわない。とにかく呼吸に集中することが大切なので、自宅の部屋など周囲に人がいないところで行うのがベストだ。5分ほど続ければ、すぐに効果が出てくるという。
「セロトニンが脳に働きかけることによって、まず、頭がさえてきます。ポジティブな気分になれるだけでなく、背筋が伸びて表情が生き生きするなど、目に見えてわかります。毎日続けることで、美肌効果も期待できます」
セロトニン呼吸法、いつ行うのがベスト?注意点は
セロトニンは日中に多く分泌されるため、セロトニン呼吸法の効果を最大限に活用するには、朝起きた直後に行うのが最も効果的だ。
「朝一番に行えば、目覚めもよくなり、一日を活動的に過ごすことができます。呼吸法でセロトニンを増やす効果が持続するのは、せいぜい1時間くらい。そのため、お昼休みや寝る前にも行うことをおすすめします。セロトニンは睡眠ホルモン・メラトニンの材料なので、日中のセロトニンが多いほど夜のメラトニンが増えて、寝つきがよくなります。睡眠の質を高めるには、布団に入る2時間くらい前に行うのがいいでしょう」
ただし、胃に食べ物が入っている状態では、腹筋を収縮させて息を吐き切るのが難しいため、食後の呼吸法は避けた方がいい。
◆日常生活でセロトニンを増やす方法
有田さんによれば、呼吸法に加えて、日常生活にも気をつけることで、さらにセロトニンを増やす効果が望めるという。
「太陽光はセロトニンの分泌を促すので、起き抜けに日光を浴びるのもいいでしょう。1日3食の食事でしっかり咀嚼することも大事。ウオーキングやジョギングのように、一定のリズムで軽く体を動かすのも効果的です」
趣味でひとりカラオケに行くのもおすすめだ。
「歌うときも、声を出しながら集中して息を吐いているので、セロトニンが活性化されます。歌うことに集中できるひとりカラオケはおすすめ。ただし、難しい歌だと歌詞に気をとられて息が浅くなるため、ゆったりしたリズムの慣れ親しんだ曲を歌うといいでしょう」
イラスト/飛鳥幸子
※女性セブン2020年12月3日号
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